『今どきの若者のリアル』を読んで考えたこと

いつの時代も、大人は「最近の若い者は」という言葉を口にしたがる。僕が若い頃もそうだったし、きっと僕がもっとおじさんになった先でも、誰かがどこかで同じようなことを言っているのだろう。そんなふうに、歴史はいつも同じようなため息を繰り返してきた。

先日、山田昌弘さんたちが書いた『今どきの若者のリアル』という本をパラパラとめくってみた。全16章からなるその本には、Z世代と呼ばれる若い人たちの生態や、社会の仕組みがいろんな角度から書かれていた。飲み会を避けるだとか、コスパやタイパを気にするだとか、あるいは奨学金の重さに苦しんでいるだとか。

ページをめくりながら、僕はふと思った。あれ、これって案外僕自身にも当てはまるんじゃないか、と。

世間ではよく「最近の若者はリスクを恐れる」とか「競争を好まない」なんて言われたりする。でも、40を過ぎた僕だって、人前でベロベロに酔うような飲み会は苦手だし、無意味な競争なんてできることなら避けたいと思っている。そう考えると、「若者」と「おじさん」という線をきれいに引くことなんて、そもそもできないのかもしれない。本に書かれている特徴は、あくまで世の中の大きな流れの一つであって、いつの時代だって一人ひとりの人間はもっとバラバラで、自由なのだ。

ただ、僕たちの頃と今とでは、まわりの景色が大きく変わったのは確かだ。

ネットが当たり前になり、公衆衛生も良くなって、世の中は昔に比べてずっと便利で綺麗になった。欲しいものはネットでボタンを押せば翌日には届く。だけど、便利になったぶんだけ、別のところで新しい歪みも生まれている。たとえば、誰もが大学に行くのが当たり前になった結果、多額の奨学金を背負って社会に出ることになり、かえって生活が苦しくなってしまう若者もいる。時代の変化というのは、不思議なもので、何かが良くなると、別の場所で別の誰かがひっそりと痛みを抱えるようにできているらしい。

面白いのは、若者たちのエネルギーの向け先だ。

効率よく生きようとする一方で、自分の「推し」のためなら、惜しみなく時間もお金も使う。アニメの聖地と聞けば遠くまで足を伸ばし、ライブの配信があれば画面の前で全力を注ぐ。かつての僕たちのように「東京に出て一旗揚げて、たくさん稼ぐんだ」という一つの大きな夢を追いかけるのではなく、「自分にとって何が本当に大事なのか」という小さな、けれど確かな軸をちゃんと持っている。

効率的でクールに見えて、その実、心の真ん中には熱いこだわりを隠している。そういう彼らの姿を見ていると、案外この時代も悪くないなと思えてくる。

もちろん、人の生き方は人それぞれだ。効率を大事にする生き方があれば、泥臭く遠回りをする生き方だってあっていい。どちらが正しいなんてことはなくて、ただ、それぞれの時代や環境の中で、みんな自分なりの答えを探しながら生きているだけなのだろう。

本を閉じて窓の外を見ると、いつもの街並みが広がっている。

僕たちも、若い人たちも、それぞれのやり方で今日を機嫌よく過ごせたら、それで十分なのだと思う。

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