世界の片隅で、君だけの物語を探すということ

 本好きな人なら、気がついているかもしれないけど、僕は小説家の村上春樹さんのファンなんだ。僕が、文章を書くことが好きになれたのは、彼からの影響は大きい。普段、仕事ではビジネス文書を書くよう心がけているけど、このブログでは村上春樹さんが使いそうな言い回しも織り交ぜながら楽しみながら書いている。

 ところで、僕が本をまともに読むようになったのは、高校生ぐらいの時だった。きっかけは、スーパーファミコンのゲーム「弟切草」なんだ。画面に映し出されるテキストを選びながら物語を進めていく、「サウンドノベル」というジャンルだった。そのゲームにどっぷりはまった後、村上春樹さんの小説を中心に、読書に手を出し始めたんだ。

 今でこそ、電子書籍や中古本屋が充実していて、読みたい本が安価に手に入る時代になった。でも、昔は違った。僕が住んでいた田舎には大型書店もないし、インターネットなんかもなかった。どうしても読みたい本があれば、図書館で借りることになる。

 本の良いところは、他人が描く物語、心の中を、本の中で自分自身が体験することができるということだ。本を読み終えた時、自分自身の中に、他者を住まわせることができる。それにより、君の世界は広がるんだ。

 将来、君がさまざまな経験や人間との関わりの中で、幅広い考え方ができるというのは、かけがえのない強みになる。挫けそうなとき、負けそうなとき、何かに挑戦したいとき、自分の中にたくさんの「他者の考え」があれば、それに立ち向かうことができるだろう。

 今、君が未来の秋田をどうするか、なんて大それたことを考える必要はない。でも、自分の内側にどれだけ多くの視点を育てられるか、その準備はできるはずだ。僕たちはそのための「素材」として、読書という静かな行為について、少し立ち止まって考えてみたい。

なぜ、僕たちは「本を読む時間がない」のか?

 君は普段、本を読むことが好きだろうか?

 ある調査によると、高校生全体で本を読むことが「好き」か「どちらかといえば好き」と答えた人は78.1%にもなる。つまり、ほとんどの高校生は本に対してポジティブな感情を持っているんだ。

 それなのに、最近1か月に紙の本を「0冊」と答えた高校生は42.6%もいる。電子書籍も含めて「どちらも読んでいない」人は37.5%だ。

 本を読まない理由として最も多かったのが、「読む時間がない」という答えで、なんと53.7%がこれを選んでいる。普段、君たちが自由に使える時間は、「音楽を聴く」(18.5%)や「勉強をする」(18.0%)、「SNSをする」(17.5%)などに費やされ、「本を読む」はわずか2.3%に過ぎない。

 僕も若い頃を思い出すと、とにかく時間がなかった。部活や友達との遊び、勉強…。君たちを取り巻く環境は、情報機器の多様化も相まって、より一層忙しくなっているのだろう。

 興味深いのは、「時間がない」と答えた高校生の多くは、実は中学生までに読書量が多かったり、本が好きだったりする傾向にあるということだ。つまり、君たちの中には、本当は本が好きで、読みたい気持ちは持っているのに、高校生になって「時間」に負けてしまう人がたくさんいる、ということなんだ。

 でも、少し立ち止まって考えてみてほしい。僕たちが本当に「時間がない」のは、時間の使い方が下手だからではないだろうか。例えば、読書をしない高校生が余暇に費やしている活動は、勉強、音楽、SNSなどが上位に来ているが、これは彼らが読書に代わる活動を優先している結果とも言える。

 君がもし、読書が好きなら、それは諦める必要はない。僕がかつてゲームから読書の世界に入ったように、君自身のライフスタイルの中に、意識的に「読書する10分」を組み込むことができれば、読書習慣は定着するかもしれない。

図書館は君たちの未来をどう照らすか?

 僕が高校生だった頃、田舎では欲しい本は図書館で借りるしかなかった。君たちの周りでも、学校図書館や公共図書館の役割は大きい。

 図書館は単に本を借りる場所ではない。それは「調べる力」を育み、君たちの知的好奇心に応じた幅広い読書を可能にする場所だ。

 例えば、大学のレポート作成を想定して図書館の分類法や資料の検索方法を学ぶ講座や、特定のテーマについて新書を読み込み、レポートにまとめる授業などが全国で行われている。これらは、君が将来、社会に出たり進学したりする上で欠かせない「精査した情報を基に自分の考えを形成し表現する力」を養ってくれるんだ。

 君たちが暮らす秋田で、学校図書館がどれだけ活用されているかは僕にはわからない。

 ただ、全国的に見ると、学校司書の配置率は地域によって差があるのも事実だ。秋田県の学校司書の配置率は全国平均(57.3%)を下回る46%というデータもある(平成28年度)。これは、図書館が「調べる」場所としての力を十分に発揮できていない可能性があることを示している。

 しかし、君たち自身が図書館に足を運び、司書や先生と連携して進路や課題研究に取り組むことで、この状況は変えられるはずだ。例えば、高校生が地域の課題(ゴミ問題や高齢化、あるいは夕張市の財政活性化といった地域の問題)について文献を活用して調査し、解決策を考える実践もある。

 僕たちが住む秋田にも、解決すべき課題はきっとあるだろう。人口減少、産業の未来、地域文化の継承。これらの課題を深く理解し、多角的な視点から考察する上で、本や新聞などの資料は、インターネットの情報だけでは得られない確かな基盤を与えてくれる。

世界を広げる「対話する読書」の可能性

 読書活動を推進する試みの一つに、「ライぶらり」という全員参加型の活動がある。これは、図書館を散策して読んでみたい本を選び、なぜその本を選んだのかを短時間で紹介し合うというものだ。この活動を通じて、高校生の読書への意欲は向上し、読書の幅が広がるという高い効果が見られた。

 また、ビブリオバトルやお薦め本紹介といった「対話的な読書」の取り組みも、君たちの読書の幅を広げるのに役立つだろう。友達と趣味が合う本を薦め合うことは、コミュニケーションのきっかけにもなる。

 僕が高校生の頃は、読書は一人で静かにやるものだと考えていた。でも、今の時代、読書は「対話」を生む活動でもあるんだ。

 それに、君たちは読書媒体の選び方も賢い。電子書籍で漫画やニュースを読む傾向がある一方で、小説などの活字本は、手元に置いておきたい「紙媒体」で買う人が多い。その理由が、「繰り返し読みやすい」こと、「本のにおいや質感、ページをめくる感覚が好き」なこと、そして「本棚に並べてインテリアとして楽しみたい」ことだというから、面白い。読書を単なる情報収集や娯楽ではなく、「自分のモチベUP」や「コレクションの達成感」に繋げているわけだ。

 君たちが紙の本を大切にするのは、それが単なるインクと紙の束ではなく、世界を広げるための具体的な証拠であり、誰か(友人や後輩)に「布教」できる共通言語だからかもしれない。

自分の物語を紡ぐということ

 僕たちの周りには、いつもたくさんの情報が溢れている。

 SNSの広告や、話題になった作品の映像化、友達のおすすめ、ときには模試の現代文の問題からさえ、君たちは新しい本に出会うきっかけを得ている。

 情報化が進んだ現代社会では、多様な情報に簡単にアクセスできるようになった反面、視覚的な情報と言葉が結びつきにくいという課題も生まれている。だからこそ、本を通じて自分の内側にある「言葉」を磨き、感性を高め、人生を深く生きる力を身に付けることが、より重要になっているんだ。

 秋田の将来を考えるといっても、それは「社会の目」や誰かの理想に押し付けられるものではない。それは、君が本を通じて獲得した多角的な視点と、君自身の経験が交わるところから生まれる、君だけの「生き方」の延長線上にあるものだと思う。

 「時間がない」と言うのは簡単だ。でも、君がもし、本を読むことを通じて「自分の内側に、他者を住まわせる」という、静かだけれども強力な力を手に入れることができたなら、その力はいつか、この世界の片隅にある秋田という土地で、君だけの物語を紡ぎ、未来を動かす確かな一歩になるかもしれない。

 さあ、君だけの物語を探しに、静かにページをめくってみないか。僕たちはそのスタートラインに、いつだって立っているのだから。

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