秋の空の下、君の「しんどさ」にそっと耳を澄ませて

「ハイになる気持ち」よりも大切なもの:僕たちが求める穏やかな日常

 僕の毎日は、君たちの多くがそうであるように、ごくありふれたものだ。

 風邪をひくこともほとんどなく、健康に恵まれている僕は、薬を飲むことは滅多にない 。ドラッグストアへは、歯磨き粉やゴミ袋といった日常品を買いに行くくらいで、病院にかかるのは定期的な歯科検診や人間ドッグだけだ 。

 だから、大麻などの薬物を摂取すると「ハイな気持ち」になるという話を聞いても、好んでそうした薬物を手にする人の気持ちは、正直なところよくわからない。
 僕自身は、できることなら、いつも穏やかな気分でいられることを願っている 。

 けれど、それは僕の静かな日常での話だ。君たちの周り、この秋田の街にも、僕が想像するよりもずっと、若者の「しんどさ」が漂っているのかもしれない。僕たちが普段気に留めないような場所で、静かな、けれど切実なSOSが上がっているとしたら、僕たちはそこから目を逸らしてはいけないと思う。

気づいていますか?すぐそこにある「薬を飲みすぎること」という問題

 最近、君たちのような若い世代の間で、市販されている薬を決められた量を超えて大量に飲むこと、つまり「オーバードーズ」(OD)が大きな問題になっている。
 オーバードーズとは、医薬品をたくさん飲んでしまうことだ。特にSNS上では、感覚や気持ちに変化を起こすために、風邪薬や咳止め薬を大量に飲むことを「ODする」などと表現することがあるという。

 この問題の深刻さは、救急搬送の統計からも見て取れる。医薬品の過剰摂取が原因と疑われる救急搬送は年々増加していて、年代別では20代が最も多く、次いで30代、10代と続き、そのほとんどが女性だという大きな特徴がある。

 特に10代の状況は切実だ。薬物乱用の治療を受けている10代の患者さんのうち、2022年の調査では、なんと約7割が市販薬の乱用が原因だった。

 これは昔、覚醒剤や大麻が中心だった時代とは比べ物にならない変化だ。さらに、高校生を対象とした調査では、2クラスに1人程度の割合で、過去1年以内に市販薬を乱用した経験がある人がいるという結果も出ている。

 なぜ、こんなことが起きてしまうのだろう?

 市販薬は、用法や用量を守って使えば安全なものだが、必要がないのに過剰に摂取すると、気を失ったり、感覚が鈍くなったりする副作用が出る。中には、臓器に障害が残ったり、最悪の場合は命を落としたりするケースもある。

 この問題が広まった大きな理由の一つは、君たちにとってドラッグストアが身近になり、薬が手に入りやすくなったことだと言われている。乱用された市販薬の入手先で最も多いのは、薬局やドラッグストアといった「実店舗」からだ。また、家の常備薬から手に入れているケースも3割以上ある。

ハイになりたいわけじゃない。ただ「しんどさ」を紛らわせたい君へ

 オーバードーズにはしる若者の多くは、「快楽のため」に薬物を使っているわけではない。彼らが抱えているのは、自分の心の中にある「生きづらさ」だ。

 「つらい気持ちから解放されたい」「不安な気持ちをまぎらわせたい」――そうした切実な感情への対処法として、薬の過剰摂取を選んでしまうケースが多い。彼らにとって、それは誰にも頼らず、自分一人で解決しようとした結果であり、「今を生きるための手段」になっているという実態があるのだ。

 家庭や学校でさまざまな問題を抱え、しんどさを紛らわせるために薬を使っている若者が多い。表向きは「良い子」に見えても、内面では深く孤立し、一人で悩みを抱え込んでいるケースも目立つ。

 もし君が、この秋田の生活の中で、「もやもや」「息苦しさ」「生きづらさ」を感じているとしても、それは君が弱いせいではない。自分の心を守るために、無意識のうちに感覚を鈍らせてしまっているのかもしれない。

 僕が望む穏やかな気分とはかけ離れた、薬物による高揚感を求める人がいる背景には、その人たちが「穏やかな気分」ではいられないほど、つらい現実に直面しているという事実がある。だから、もし君が今つらいのなら、一人で抱え込まず、誰かに頼る勇気を持ってほしい。

弱い心の問題じゃない。でも、そこから一歩踏み出す方法がある

 薬物による依存の問題は、単なる「意志の弱さ」や「根性」の問題ではないと理解されている。依存症とは、薬物の強力な作用によって脳のメカニズムが変化し、自分の意志で薬物の使用をコントロールできなくなってしまった「病気」なのだ。

 これは違法薬物である大麻についても言えることだ。大麻は、インターネットなどで「有害性がない」という誤った情報が拡散しているが、それは誤りだ。大麻は青少年の脳の発達に障害を起こす可能性があり、やる気の低下や記憶障害、精神依存や身体依存もある、立派な依存性薬物だ。

 依存症は、糖尿病や高血圧と同じ「慢性疾患」であり、完全には治らない、一生付き合っていく病気だと言われる。しかし、回復することは可能だ。回復とは、単に薬物をやめる「断薬」を続けるだけでなく、薬物を使わずに充実した日々を過ごせるような「新しい生き方」を身につけることなのだ。

 その新しい生き方を見つけるために、依存症からの回復を目指すプログラムには「強くなるより賢くなれ!」という教えがある。

 これは、自分の意志の強さを試そうとするのではなく、再使用につながりやすい状況、つまり「引き金」から、できるだけ遠ざかることが重要だという意味だ。退屈、怒り、寂しさ、不安といった感情も、薬物使用の「引き金」になりうる。だから、賢く、これらの引き金を避けたり、新しい対処法を身につけたりすることが大切だ。

 回復は、人間関係の立て直し、考え方や行動パターンの修正、そして薬物なしで楽しめること(楽しみ)を見つけること の積み重ねで進んでいく。

穏やかな秋田の未来を君たちと作るために

 君たちがもし今、生きづらさを感じ、誰にも相談できず、一人で薬物に頼ってしまっているとしたら、思い出してほしい。

 君の周りには、君の気持ちに寄り添いたいと思っている大人がいる。家族に相談しにくくても、スクールカウンセラーや保健室の先生、学校の先生など、君が信頼できる大人に相談を考えてみてほしい。また、全国の保健所や精神保健福祉センターでも、薬物乱用に関する悩みについて秘密は守って相談に乗ってくれる。秋田県にも精神保健福祉センターがある。

 秋田の将来を考えるとき、それは都会の誰かの問題ではなく、君たち一人ひとりの健やかさが関わってくる。
 君たちが抱える心の痛みは、決して君だけの問題ではないのだ。

 僕たち大人が、君たちが孤立せず、安全で安心できる場所(居場所)を一緒に作っていくことが重要だ。そして君たち自身が、困難に直面したときに、一人で頑張りすぎず、「助けを求める」という行動を選ぶ勇気を持ってほしい。

 薬物は、一時的に君のつらさを忘れさせてくれるかもしれない。けれど、それは根本的な解決にはならない。一歩ずつ、正直に自分の気持ちに向き合い、信頼できる仲間や大人と繋がりながら、薬物を使わずに穏やかに、そして充実した日々を過ごせる「新しい生き方」を見つけてほしい。

 君たちの持つ可能性を信じて、この秋田の地で、一歩ずつ、君たちの未来を一緒に考えていきたいと思っているよ。

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