秋田の森と、僕たちのこれから。— ツキノワグマの統計が語る、未来の風景

  もし君が秋田の街角で、珈琲の香りが立ち込める窓辺に座り、遠い山の稜線を眺めているなら、少しだけ、その風景の裏側にある「クマ」と「僕たちの生活」の関係について耳を傾けてほしい。

 これは単なるニュースの話ではなく、君たちがこれから生きていく秋田の未来の設計図に関わる、少しばかり深く、そして厄介な物語だ。

 一昔前、クマは「山の奥の住人」だった。でも、今はそうじゃない。近年、クマの出没は全国的に増えているけれど、特に僕たち東北地方、中でも秋田県は、この問題の最前線にいる。

予期せぬ統計と、あの日の影

 秋田のツキノワグマによる人身事故の数は、ここ数年、全国でも際立って多いことが知られている。例えば、記憶に新しい2023(令和5)年度の統計では、秋田県だけで62件もの被害が確認された。これは、他の常連県(岩手46件、福島15件など)と比べても飛び抜けているんだ。以前は年間6件から12件で推移していたことを考えると、これはまさに「異常事態」だ。

 なぜ、こんなことになってしまったのだろう? 専門家たちは、いくつかの要因が複雑に絡み合っていると指摘する。そしてその多くは、クマが増えたこと以上に、「僕たち人間の側の変化」に原因があるようだ。

クマが街に降りてくる、そのワケ

 クマたちが人間の生活圏に近づく背景には、森の地図が変わり、僕たちの生活の境界線が曖昧になってきたことがある。

1. 森のブナのサイクルの奇妙なダンス

 ツキノワグマの主要な食料は、秋に実るブナやミズナラといった木の実だ。もし秋にこの木の実が豊作だったなら、クマたちは山奥でたっぷり栄養を蓄えて冬眠できる。その年は、人里への出没は少なくなる。

 しかし、ブナは数年に一度しか豊作にならない特性を持っている。豊作の翌年は、たいてい木の実がほとんど実らない凶作になることが多い。食料が尽きたクマたちは、生きるために仕方なく、人里へと降りてくる。そして、秋の凶作の影響は、クマが冬眠から目覚める春先からすでに始まっているのだ。

 2023年度のように人身被害が多発した年は、まさにブナ類の大凶作の年だったという報告もある。過去にも凶作の年はあったけれど、これほど深刻な被害が出たのは、クマと人の距離が縮まったことが常態化していたためかもしれない。

2. 寂しくなった里山の「ごちそう」

 秋田の里地里山では、人口減少や高齢化が急速に進んでいる。人がいなくなると、森の手入れがされなくなり、耕作放棄地(昔畑だったけれど、もう誰も耕していない土地)が増える。耕作放棄地は、クマにとって二つの「ごちそう」を提供する。

 一つは「隠れ場所」だ。

 荒れた土地は藪(やぶ)になり、クマが人目を避けて移動するのに都合がいい隠れ場所となってしまう。川沿いの森や高速道路の防音壁沿いといったインフラの側も、彼らの移動ルートになっているという報告もある。

 もう一つは「エサの供給源」だ。人里に残されたカキやクリなどの実のなる庭木、あるいは放置されたままの農作物、そして生ゴミや家畜の飼料などが、クマにとって簡単に手に入る「ごちそう」となる。一度人里で楽に食べ物を得る味を覚えたクマは、危険よりも報酬が大きいと学習し、何度も集落へ通うようになる。

秋田の未来設計図、クマとどう暮らすか

 秋田県は「地域社会が結束し、人とツキノワグマとが棲み分けしながらともに歩む秋田」という未来を目指している。「棲み分け」とは、クマの生息環境(奥山)と人間の生活圏(人里)の間に適切な距離を保ち、お互いが安全に暮らせる空間を作ることだ。

 この「棲み分け」を実現するため、行政はクマの出没リスクに応じて地域を区分けするゾーニング管理を進めている。

 具体的には、クマが安心して暮らせる「コア生息地」、人間への出没を抑制する「緩衝地帯」、そして絶対に侵入を許さない「防除・排除地域」というように、エリアの目的を明確にして対策を行う。

若者に託される課題

 しかし、この未来の設計図を実行するには、乗り越えなければならない壁がある。それは「人の力」の不足だ。

 クマ対策の現場では、クマを山へ追い払ったり、檻を設置・管理したり、出没対応をリードしたりする専門的な知識を持つ狩猟者や行政の専門職員が足りていない。昔、クマを捕ることで生態系と人里の境界を守ってきた狩猟者の数は、減る一方だ。

 また、集落ぐるみでカキの木を伐採したり、耕作放棄地の藪を刈り払ってクマの隠れ場所を減らしたりする(緩衝帯整備)といった地域レベルの対策も、高齢化が進む地域では、もはや住民個人だけの力では難しい。

 反対意見もあるだろう。「クマが増えすぎたのなら、どんどん捕獲すればいい」という声も根強い。実際、大量出没時には多くのクマが捕獲されている。秋田県も、人の生活圏での定着を防ぐため、特定の地域では捕獲を強化する方針を示している。

 しかし、一方でツキノワグマは地域によっては絶滅の恐れがあるとされており、「どこまで保護し、どこから管理(捕獲)するのか」という線引きは、常に難しい倫理的な課題を伴う。

僕たちにできること、そして考えるべきこと

 結局のところ、この問題は「誰か」に任せておける問題ではない。

 若者である君たちには、二つの大きな役割があると思う。

1. 知ること、そして予防すること

 クマとの遭遇は、ほとんどの場合、クマが人間に気づいていない「出会い頭」で起こる。クマは臆病な動物で、99.99%は自分を守るための防御的な攻撃をするだけだ。まず、会わないための予防が最も大切だ。

 山に入るとき、散歩するとき、通学するとき、鈴やラジオなど「音の出るもの」を身につける。これは、僕たちがここにいるよ、とクマに伝えるためのサインだ。

 そして、家の周りの環境を見直すこと。不用意に食べ物(生ゴミ、米ぬか、実が落ちた果実など)を外に放置しないこと。もし君の家の周りに放棄された果樹があれば、それをどうするか考えることが、クマを人里から遠ざける第一歩になる。

2. 地域社会に新しい風を吹き込むこと

 クマとの「棲み分け」を実現するための地域づくりには、君たちの新しい力が必要だ。行政や猟友会といった関係機関が協力し合う体制(オール秋田)が求められている。

 猟友会の担い手が不足している今、将来的にクマ対策に携わる人材を確保することは、秋田の安全な未来のために不可欠だ。また、高度な技術を使ったクマの生態研究も進んでおり、これらはより賢い対策を立てるためのヒントになる。

 僕たちがクマの生息環境を理解し、里山の管理や情報収集、啓発活動に積極的に関わることは、被害を減らすだけでなく、秋田の豊かな自然を未来に残すことにつながる。

 君が今見ている秋田の森の景色は、過去の世代が守ってきたものだ。

 そして、君たちがこれからどんな未来を選ぶかによって、その森と、僕たちの街の境界線は再び描かれることになる。これは重いテーマかもしれないけれど、考える価値のある、そして君たちこそが主体となるべき、秋田の物語なのだ。

参考サイト 

ツキノワグマ情報 | 美の国あきたネット

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