クマと僕らの秋田論—文科省通知を横目に

 

 秋の空気が肺を満たすと、いつも少し感傷的になるものだ。夏の残りがすっかり片付けられて、次に待っている長い冬の気配がもうそこまで来ている。秋田で育った君なら、この静かで少し湿った匂いをよく知っているだろう。でも今年の秋は、いつもの郷愁に加えて、少しばかり、いや、かなり分厚い不安の影が差し込んでいる。

そう、クマだ。

 僕らが子どもの頃、クマはもっと山奥にいて、滅多に人間の生活圏に降りてこない、言ってみれば「外の世界の生き物」に近い存在だった。それがどうだ、最近は街の真ん中にも堂々と現れる。文部科学省からも、学校や登下校の安全を確保するための事務連絡が、先日、静かに、しかし厳粛に、僕らの教育の場に届けられた。

 どこか遠い役所が書いた、専門用語こそ少ないものの、やけに長いタイトルのその文書は、まるで熱すぎるコーヒーのように、僕らの日常の片隅に置かれている。でも、その通知が生まれた背景を覗き見ると、これがもう、冗談にならないくらい深刻な事態なのだとわかる。

どこかの統計と、僕らの足元

この通知が学校にまで届くのは、それだけ事態が切迫しているからだ。まるで、遠くから降ってきた雨雲が、気づけば自分の家の屋根の上にいるようなものだ。

君もニュースで聞いているかもしれないけれど、全国各地でクマによる被害が相次いでおり、今年は過去最悪のペースで被害が出ているらしい。さらに、人を食べようとする、つまり「食害」のケースまで複数報告されているというのだ。これはもう、単純な野生動物の出没というレベルをとうに超えて、日常を脅かす、一種の非常事態だ。

僕らの学校は、この通知を受けて「地域の事情に応じた対策の検討」をするように求められている。危機管理マニュアルを引っ張り出して、クマが出た時の連絡体制や安全対策を書き加える作業は、まるで、映画で見る秘密基地の地下マップを描いているようで、少しばかりユーモラスでもあるけれど、現実は、君が朝、学校に向かう道、いつも歩いているそのアスファルトの上で起きていることなのだ。

通常のルールと、緊急事態のコーヒーブレイク

 秋田という土地は、自然と人間の暮らしが、一枚の薄いベールを隔てて隣り合わせになっている。だからこそ、僕らはある種のルールを守って生きてきた。例えば、多くの学校では、登下校時の混雑や近隣への迷惑を避けるために、保護者による車の送迎をあまり歓迎しないか、あるいは禁止しているかもしれない。

  だが、この文科省からの通知は、学校がクマの出没に対して「登下校の安全確保や不安解消」に対応することを求めている。この状況で、僕らは「普段のルール」と「生命の安全」という二つの重たい石を天秤にかけることになる。

 僕個人としては、普段のルールがとても大切だということを知っている。それは、社会という大きな歯車をスムーズに回すための、必要不可欠な潤滑油みたいなものだからだ。だけど、クマがすぐそこまで来ていて、自分の息子や娘が通学路を歩くことに心底怯えている親がいたら、どうだろう?

 学校が、地域の危険度に応じて、一時的にでも送迎を容認する、というのは、この通知が求める「地域の事情に応じた対策」の一つとして考えられる。なぜなら、それは「通学路の点検や変更」という推奨される対策の、最も物理的にわかりやすい形態だからだ。もちろん、学校の前の道路が渋滞して近隣の迷惑になるという、反対の意見もよくわかる。どちらも正しい。ただ、生命の危機が迫っている状況では、普段は堅く閉ざされていた扉を、少しだけ開けてみる勇気が必要になるのかもしれない。

 ちなみに、僕たちが住む秋田県でも、男鹿市教育委員会がクマ出没対応マニュアルを作成している例が、文科省の通知にも別添資料として参考に出されていたりする。僕らの安全は、遠い東京の役所が作る文書と、足元の地方公共団体の細やかな努力の両方で支えられているのだ。

クマと共存する未来の設計図

 僕が君たちに伝えたいのは、この不安な状況をただ怖がって終わりにしてほしくない、ということだ。

 クマの被害は、秋田の日常の風景を大きく変えようとしている。それは、僕らが暮らす環境そのものが、何らかの理由で変化しているサインでもある。クマたちがなぜ人里に降りてくるのか、山と人間のテリトリーは今後どうなっていくのか。この問題は、単なる「危険だから避ける」という短絡的な話ではなく、僕らがこれからこの秋田という土地で、どう生きていくか、という大きな問いにつながっている。

 今、学校で安全対策を学んだり、通学路が変わったりするのを目にしている君たちこそが、将来、この問題の設計図を描く人になる。もし、野生動物と人が安全に暮らせる未来があるのなら、それはきっと、僕らの世代の「とりあえずの対策」のさらに向こう側にあるのだろう。

 時には、目の前の不安に目を瞑りたくなることもあるだろう。それは人間だから仕方ない。でも、その不安の先に、君たちが作り出す新しい秋田の風景があることを、僕は信じている。それは、ちょっとやそっとのクマの出没くらいでは揺るがない、強く、そしてしなやかな暮らしの形だ。

 さあ、今日は少し曇っているけれど、外に出て、深く息を吸ってみよう。この大地を踏みしめて、君のこれからを、静かに考えてみるんだ。

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