「緑なんて、どうでもいい」から始まる、未来の設計図

観葉植物の沈黙

 おしゃれな部屋には、なぜかたいてい観葉植物が置いてある。雑誌を開けば、必ずどこかに緑の気配がある。あれはきっと、都市生活で張り詰めた神経を、少しでも緩めるための、いわば小さな薬箱のようなものなのだろう。
 ただ、困ったことに、もし誰かが僕の部屋にそんな鉢植えを運んできたとしたら、僕はたぶん、すぐにそれを外に出してしまう。ベランダの隅とか、日の当たらない場所とかに。植物に水を与え、その生命を慈しむ、そんな優しい習慣が僕にはまるっきり欠けている。僕が本当に落ち着くのは、そういうリラックスできる緑の雰囲気ではない。むしろ、なにも飾られていない、殺風景な空間だ。物が置かれていないことで生まれる、あのがらんとした静寂。それが僕にとっては、あらゆる緑よりも深いリラックス効果をもたらす。
 これはもう、単純な好みの問題だろう。人には植物が必要で、僕には無が必要なのだ。誰にも迷惑をかけない、ただそれだけの、仕方のない個人的な嗜好というわけだ。

 さて、いま学校で取り組んでいる「緑化活動」というのは、僕らが若い頃の「ただの美化活動」のイメージから、ずいぶん進化しているらしい。なぜなら、現在推奨されている学校の緑化は、単に美観を整えるという目的だけでなく、もっと実用的で、技術的な目的を持っているからだ。

グリーンカーテンは「生きる実験装置」だ

 もし君が植物そのものに情熱を持てなくても、その「機能」にはきっと興味を持てるはずだ。

 例えば、夏によく校舎の外で見かける「緑のカーテン」を想像してみてほしい。あれはね、日差しを遮るだけでなく、植物が葉から水を蒸発させる作用を使って、周囲の温度を下げてくれる「生きる断熱材」のようなものだ。これを利用することで、冷房の稼働を最小限に抑え、節電や省エネルギー化につながる。さらに、植物が建物を直射日光や紫外線から保護し、建物の劣化を軽減するという保護作用もあるらしい。

 つまり、緑を増やすという行為は、単なる「癒やし」のためだけでなく、「どうすれば快適に、効率よく、コストをかけずに生活できるか」という、僕ら全員が関心を持つべき現実的な「環境改善システム」の一部として考えられている。

 緑に関心がない僕のような人間でも、これが「技術」や「効率」の話だと知れば、途端に面白くなってくる。僕らがこれから学ぶべきことは、この緑の持つ機能を最大限に引き出し、君たちの未来の環境や生活を、より前向きに設計していくことにあるんじゃないだろうか。

君の住む秋田は「未来を教える教科書」だ

 教室の窓から校庭を眺めるとき、君は無意識のうちに、その環境の変化を感じている。

 教科書に載っているきれいな挿絵や、インターネットで見つけた小さな写真よりも、君自身が五感で直接触れる学校の植物や自然の方が、ずっと強い説得力を持っている。校内の「みどり」は、君の自然観や環境観を形作る上で重要な役割を果たすんだ。

  秋田は豊かな森林と水に恵まれた土地だ。学校で取り組まれる植樹活動や森林学習は、君たちに森林の役割や守る努力を教えるだけでなく、地域の資源や産業が未来へどうつながるかを意識させるきっかけになる。地域の歴史の中で盛んだった蓮の栽培について専門家から学んだり、地域の伝統文化(和紙作りなど)を通じて、資源を大切にすることや先人の努力を知る活動もある。

 こうした体験を通して、「自然を守るというのは、ただ木をたくさん残せばいいということではない」「人の手による積極的な管理が必要な場合もある」といった、多面的な視点に気づいたという声もある。

 君がもし、将来この秋田という場所で生きていくと決めたのなら、地元にどのような資源があって、それを守り活かすために、地域の人々がどんな努力をしているのか、フィールドワークで自分の目で確かめてみることが、未来の君の設計図を描く上で、何よりも確かな学びとなるだろう。

「生きる力」は小さな実践の積み重ねだ

 地球温暖化やゴミの問題は、あまりに大きすぎて、学生の君には手の届かない話のように感じるかもしれない。でも、環境教育の最終的なゴールは、君自身が「持続可能な社会の構築」に向けて、自分に何ができるかを考え、それを実践できる力を身に付けることにある。これは、文部科学省が重視する「生きる力」(確かな学力、豊かな心、健やかな体)を育むことにもつながっているんだ。

 偉そうな目標を掲げる必要はない。地道な取り組みを続けている生徒たちの事例もある。例えば、学校周辺の道路清掃活動だ。最初は目立たないかもしれない。でも、「塵も積もれば山となる」という言葉があるように、そうした日々の小さな活動こそが、君の心を豊かにしている。

 君が身近な問題(例えば、家庭での節約やゴミの分別)を見つけて、「公正さ」や「持続可能性」という様々な視点から多面的に考え、そしてクラスの仲間や地域の人々(企業や行政も含む)と協力して「合意を形成」しようと試みる、その一連の流れこそが、君を成長させてくれる。

 緑に関心がなくても、君が身を置く学校や地域の環境を、批判的かつ建設的な目で見て、より良いものに変えていこうと努力する姿勢。それが、君が秋田の未来を前向きに切り開いていくための、最初の一歩なのではないだろうか。

 完璧な答えは、どこにも用意されていない。それでも、君の周りにある「みどり」は、君が人生で選ぶべき道について、対話や体験という形で、いつでもヒントを与えてくれるはずだ。

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