君の耳と、これからの長い旅について

街を歩いていると、ふと思うことがあるんだ。まるでSF映画のセットに迷い込んだみたいだってね。
すれ違う人たちの耳元を見てほしい。そこには白いんげん豆みたいな形をしたものや、黒い小石のようなものがすっぽりと収まっている。そう、ワイヤレスイヤホンだ。僕が君くらいの年齢だった頃も、ウォークマンで音楽を聴きながら歩くのは珍しいことじゃなかった。でも、最近の普及ぶりはちょっと凄まじいものがある。
電車の中でも、カフェでも、みんな耳を塞いでいる。彼らはそこで何をしているんだろう。お気に入りのプレイリストを流しているのかもしれないし、遠くの誰かと通話をしているのかもしれない。あるいは、ただ単に「話しかけないでくれ」という無言のサインとして、耳に蓋をしているだけなのかもしれないね。
僕たちは、自分だけの世界に籠もるための便利な道具を手に入れたわけだ。それは決して悪いことじゃない。でも、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいんだ。その便利な道具が、君の大切な相棒――つまり「耳」――に、どんな影響を与えているのかを。
繊細なピアノの弦のように
正直なところ、脅かすつもりなんて毛頭ないんだ。ただ、世界保健機関(WHO)という、スイスのジュネーブにいる真面目な人たちが、ちょっと気になる警告を出している。彼らによると、世界中で約11億人もの若者が、スマホや音楽プレイヤーの不適切な使用によって、難聴のリスクにさらされているというんだ。
11億人と言われても、数が大きすぎてピンとこないかもしれないね。でも、これは決して他人事じゃない。
人間の耳の奥には、「有毛細胞」という名前の、とても小さな細胞が並んでいる。顕微鏡で見ると、まるで草原の草や、ピアノの繊細な弦のように見えるらしい。音が耳に入ってくると、この細胞が揺れて、その振動を脳に伝える。僕たちが「あ、いい曲だな」と感じられるのは、この小さな細胞たちが一生懸命働いてくれているおかげなんだ。
問題は、この細胞たちがとてもデリケートだということだ。長時間、大きな音という「強風」にさらされ続けると、この草たちは傷つき、やがて折れたり抜けたりしてしまう。そして悲しいことに、一度壊れてしまった有毛細胞は、今の医学では二度と再生しないと言われているんだ。
つまり、聴力というのは、すり減っていくタイヤのようなものじゃなくて、一度失ったら戻らない「一点もののヴィンテージ楽器」みたいなものなんだよ。
60パーセントの美学
「じゃあ、もう音楽なんて聴くなと言うのか?」と君は思うかもしれない。もちろん、そんな野暮なことを言うつもりはない。音楽のない人生なんて、ドレッシングのかかっていないサラダみたいに味気ないものだからね。大切なのはバランスだ。そして、いくつかのシンプルなルールを知っておくこと。
例えば、WHOや専門家たちが推奨しているのは、「音量は最大出力の60パーセント以下に抑える」というルールだ。そして、1時間聴いたら、10分くらいはイヤホンを外して、耳を休ませてあげる。
これは、スポーツ選手がトレーニングの合間に休憩を入れるのと同じことだ。耳だって、ずっと走り続けていたら疲れてしまうからね。
それから、もし君が電車の中や騒がしいカフェで音楽を聴くことが多いなら、「ノイズキャンセリング機能」がついたイヤホンを使うのもいいアイデアだ。周りの雑音を消してくれれば、音量を無理に上げる必要がなくなる。これは、地下鉄のような騒音下で耳を守るためにとても有効だという研究結果もあるんだ。少しの工夫で、リスクはずいぶんと減らせる。賢い君なら、きっとすぐに習慣にできるはずだ。
遠い未来の君のために
僕がなぜ、こんな話をしているのかというと、それは単に「耳が遠くなると不便だから」という理由だけじゃない。
実は、難聴は将来、認知症になるリスクを高める可能性があると言われているんだ。耳からの情報が減ると、脳への刺激が少なくなって、脳の機能が衰えやすくなるということらしい。それに、耳が聞こえにくいと、人との会話が億劫になって、社会的に孤立してしまうこともある。
君はまだ若いから、50年後や60年後の自分のことなんて、想像もつかないかもしれない。それは当然だ。でも、未来の君は、今の君の延長線上にいる。
今の君が、少しだけ音量を下げること。時々イヤホンを外して、街の音や風の音に耳を傾けること。その小さな優しさが、数十年後の君自身への最高のプレゼントになるかもしれない。
友達と笑い合ったり、大切な人の声を聞いたり、大好きな音楽に涙したり。そんな素敵な瞬間を、人生の最期まで味わい尽くすために、今のうちから少しだけ、耳をいたわってあげてほしいんだ。
もちろん、イヤホンをつけて自分の世界に没頭する時間も大切だ。それは君の自由だし、必要な時間だと思う。ただ、時々はイヤホンを外して、世界が奏でている生の音も聞いてみてほしい。意外と、悪くない音がしているものだよ。

