真夜中の本屋と、眠らない森の図書館

 秋田の冬は、夜の闇が深い。雪が音もなく降り積もる夜などは、世界中から音が消えてしまったかのような錯覚に陥ることがある。そんな静寂の中で、ぽつりと灯りがついている場所を見つけると、なんだか救われたような気持ちになるものだ。

 最近、秋田市にある加賀谷書店の茨島店で、夜の無人営業が始まるという話を聞いた。夜の21時から24時までの3時間、店員さんがいない状態で店を開けるらしい。

 加賀屋書店茨島店HP

 僕が東京で暮らしていた頃、終電を逃した後に、深夜営業をしている本屋さんで時間を潰したことがあった。始発を待つ間の、あの何とも言えない空白の時間。都会の喧騒が遠のき、本棚に囲まれていると、不思議と心が落ち着いたものだ。

 でも、ここは車社会の秋田だ。僕の若い頃のように、帰るための電車がなくて仕方なく本屋にいる、なんて状況はあまりないだろう。みんな車で来て、用が済めば車で去っていく。そんな場所で、夜の無人書店にどれほどの需要があるのだろうか。君も、そんなふうに思うかもしれないね。

誰もいない店で、本と向き合うということ

 少し調べてみると、この「無人書店」という試みは、全国的に少しずつ増えているようだ。仕組みは意外とシンプルで、スマートフォンのLINEアプリでお友達登録をして、入店の認証を行うというものが多い。加賀谷書店の場合も、入り口でスマホをかざし、支払いはキャッシュレス決済で済ませるそうだ。

 正直なところ、僕は最初、少し心配だったんだ。「無人だから、遠慮なく立ち読みをする人たちが増えるだけじゃないか?」ってね。夜の時間潰しの場に使われて、肝心の本が売れなければ、お店にとってはただの負担になってしまう。

 ところが、世の中というのは僕が思っているよりもずっと複雑で、面白い動きをしているようだ。例えば、愛知県などを中心に展開している三洋堂書店では、顔認証システムを使って夜間の無人営業を行っているのだけれど、導入した店舗では売り上げが伸びているというデータがある。ある店舗では、無人営業の時間が店全体の売り上げの1割以上を占めることもあるそうだ。どうしてだと思う?

 面白いことに、店員さんがいないからこそ、「誰の目も気にせずにじっくり本を選べる」という心理が働くらしいんだ。何かを買わなきゃいけないというプレッシャーもないし、どんな本を手に取っているかを見られる恥ずかしさもない。例えば、アイドルの写真集だったり、少しマニアックな専門書だったり、あるいはコンプレックスに関する本だったり。有人レジでは少し出しにくい本も、セルフレジなら気兼ねなく買える。そういう「隠れたニーズ」が、夜の無人書店にはあるようなんだ。

 それに、夜遅くまで働いている人たちにとっても、ここは貴重な場所になる。工場での交代勤務を終えた人や、残業帰りの会社員が、仕事のあとにふらりと立ち寄って、自分のための時間を過ごす。ネット書店ならワンクリックで買えるけれど、実際にページをめくり、紙の手触りを確認してから買いたいという気持ちは、どれだけデジタルが進化してもなくならないものなのかもしれない。

秋田杉の森にある、眠らないコロシアム

国際教養大学中嶋記念図書館

 本屋さんの話をしたけれど、実は秋田にはもう一つ、特別な「眠らない場所」があるのを君は知っているだろうか。

 国際教養大学にある、中嶋記念図書館だ。ここの図書館は、「ブック・コロシアム」というテーマで作られている。コロシアムというのは、古代ローマの円形闘技場のことだね。本と人間が戦う場所、あるいは知性と格闘する場所、という意味が込められているのかもしれない。建物は半円形のデザインで、秋田杉をふんだんに使った傘型の屋根が特徴的だ。天井を見上げると、巨大な傘の骨組みのように杉の木が広がっていて、その美しさは日本でも有数だと言われている。

そして何より驚くべきなのは、この図書館が「24時間365日開館」しているということだ。もちろん、一般の人が利用できる時間には限りがあるけれど、在学生や教職員なら、真夜中でも明け方でも、好きな時にここを利用できる。

 僕が学生だった頃、図書館というのは夕方には閉まってしまう場所だった。「もっと勉強したいのに」とか、「調べ物が終わらないのに」と思いながら、閉館の音楽に背中を押されて退出した記憶がある。でも、ここでは違う。学びたいという意欲がある限り、図書館はいつでもその扉を開けて待っていてくれる。

 夜中の2時や3時、静まり返ったキャンパスの中で、図書館の灯りだけがついている。中に入れば、木の香りが漂う空間で、誰かが黙々とページをめくり、あるいは論文を書いている。台湾からの留学生が「深夜でも誰かが必ず勉強しているから、自分も頑張れる」と言っていた記事を読んだことがあるけれど、そこには、孤独だけど独りではない、不思議な連帯感があるのかもしれない。

夜の静寂を味方につける

 さて、どうして僕がこんな話をしたかというと、これから社会に出ていく君に、少しだけ伝えたいことがあるからだ。これからの社会は、僕たちが経験してきたものとは少し違う形になっていく。人口が減って、働く人が足りなくなって、今まで当たり前だった「人がサービスを提供する」という形が維持できなくなっている。書店の数が、この10年で3割近く減ってしまったという悲しい現実もある。でも、嘆いてばかりいても始まらない。

 無人書店のように、テクノロジーを使って新しい「場所」を守ろうとする人たちがいる。あるいは国際教養大学の図書館のように、学ぶ人のために徹底的に環境を整えようとする場所がある。君の将来も、きっとそんなふうに変化していく。進路のことや、将来のことで不安になって、夜眠れないことがあるかもしれない。周りのみんなが順調そうに見えて、自分だけが取り残されているような気分になる夜があるかもしれない。

 そんな時、思い出してほしいんだ。街の片隅には、真夜中でも灯りを消さずに待っていてくれる本屋さんがあることを。そして、森の中には、24時間いつでも君の知的好奇心を受け入れてくれる図書館があることを。そこに行けば、時代を超えた言葉たちが、静かに君を待っている。本を読むというのは、基本的には孤独な作業だ。でも、その孤独の底には、世界中のあらゆる場所、あらゆる時代の誰かとつながる地下水脈のようなものが流れている。

 無人の本屋で、誰の目も気にせずに一冊の本を選ぶこと。あるいは、夜明け前の図書館で、難解な書物と格闘すること。そうやって自分自身と向き合った時間は、決して無駄にはならない。それは、君という人間の「根っこ」を太く、強くしてくれるはずだ。

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