怖くないナマハゲと、君の未来について

ネットの海をあてもなく漂っていたら、ふと面白いものを見つけたんだ。 あるホテルが「ナマハゲ・ステイ」なるサービスを提供しているらしい。なんでも、ホテルの部屋でくつろいでいるところに、あらかじめ要望を出しておけばナマハゲがやってくるというものだ。ルームサービスでシャンパンを頼むみたいに、ナマハゲを頼む。なかなかシュールな光景だと思わないかい?
観光客からすれば、これは嬉しいサービスだろうね。わざわざ大晦日の凍てつくような男鹿半島の民家に行かなくても、暖房の効いた快適な部屋で伝統文化に触れられるわけだから。
でも、僕が驚いたのはそこじゃないんだ。僕が知らない間に、ナマハゲという存在が、随分と柔軟に、そしてしたたかに姿を変えていることに対してなんだ。今日は少し、この「変わりゆくナマハゲ」の話をしようと思う。そしてそれは、これから社会に出ていく君自身の未来の話でもあるんだ。
空気を読むナマハゲ、世界へ行く
君はナマハゲにどんなイメージを持っているだろうか。「泣く子はいねがー!」と包丁を振り回して、子供たちを恐怖のどん底に突き落とす、あの姿かな? 確かにそれは間違いじゃない。でも、今のナマハゲはそれだけじゃないんだ。
たとえば、外国人観光客への対応だ。 最近のナマハゲは、外国語のカンペを持っていたり、スタッフがフォローに入って通訳したりするらしい。男鹿市内には英語や中国語、韓国語で書かれたナマハゲの紹介パンフレットも用意されている。
さらには、見るだけじゃなくて「やる側」に回る外国人もいる。ある地区では、オーストラリアやブラジルからの留学生を受け入れて、ナマハゲの作法を教え、実際に家々を回る体験をしてもらっているそうだ。言葉が通じなくても、身振り手振りでコミュニケーションを取り、彼らはナマハゲになりきって楽しんでいるという。
かつては「集落の未婚の若い男性」しか担い手になれないという、厳格なルールがあった。でも今は、そんなことを言っていたら伝統が途絶えてしまう。だから、ナマハゲは国境さえも軽々と越えていくことにしたんだね。
それに、移動手段だって進化している。 男鹿半島には「なまはげシャトル」という、観光スポットを回る相乗りタクシーが走っている。昔なら雪道を自分の足で歩くか、車がないと辿り着けなかった場所へ、予約一つで連れて行ってくれる。ナマハゲに会うためのハードルは、僕たちが思っているよりもずっと低くなっているんだ。
どうだろう。君が思っていた「古臭くて怖い伝統行事」とは、少し違って見えてこないかな?
「マイルド・ナマハゲ」とコンプライアンスの時代
さて、ここで少しセンシティブな話をしよう。 君もニュースなどで「コンプライアンス」という言葉を耳にすることがあると思う。簡単に言えば、社会のルールや倫理観を守ることだね。実はこの波が、ナマハゲの世界にも押し寄せているようなんだ。
昔のナマハゲは、家に入り込んで「悪い嫁はいねぇが」なんて叫ぶこともあったらしい。でも、今はジェンダー平等やハラスメントへの配慮から、そういったセリフは封印されつつあるという噂を聞いた。 実際に、ある地区でのナマハゲと家主の問答の記録を見てみると、ナマハゲが「嫁はどこに行った」と聞いても、家主のおじいさんが「いやいや、嫁は気立てもいいし、よく働くし、本当によくできた嫁で」と必死にかばうシーンがある。ナマハゲが一方的に理不尽なことを言うだけじゃなく、家族が互いをかばい合うことで絆を確認する、そういう「優しい」側面が強調されているんだね。
それに、「マイルドなまはげ」なんて言葉も耳にする。 少子化で子供が貴重になった今、あまりに怖がらせすぎてトラウマになっては大変だと、親御さんが心配することもある。だから、相手の反応を見て手加減をするナマハゲもいるそうだ。
ある研究によると、ナマハゲに対する子供の恐怖は一時的なもので、トラウマにはならないという結果が出ているそうだけれど、それでも「お客様」として迎える以上、サービス精神が必要な場面もあるんだろう。
伝統を守ることと、今の時代の価値観に合わせること。この二つの間で、ナマハゲたちは悩みながら、それでも懸命に「ナマハゲであり続けよう」としている。 「昔はよかった」なんて頑固に閉じこもるんじゃなく、彼らは変化を受け入れているんだ。その姿は、なんだかとても現代的で、僕たちが学ぶべき姿勢のような気がしてならない。
そもそも、ナマハゲって何者?
ここで少し、ナマハゲの正体について触れておこうか。 彼らはただの「鬼」じゃないんだ。男鹿の山々に住む神様の使いだとされている。大晦日の夜に山から降りてきて、家々の悪霊を払い、新しい年の吉事をもたらしてくれる来訪神なんだよ。
「ナマハゲ」という名前の由来も面白い。「ナモミ」を「ハギ(剥ぎ)」取ることから来ていると言われている。 「ナモミ」というのは、囲炉裏(いろり)に長時間あたっていると手足にできる火型(低温火傷の痕)のことだ。つまり、冬の間ずっと囲炉裏端でゴロゴロしている怠け者にはナモミができる。それを包丁で剥ぎ取って、怠け心を戒めるのがナマハゲというわけだ。
だから、彼らが持っている包丁は、人を傷つけるためのものじゃなくて、怠け心を断ち切るための象徴なんだね。 家に入るときも、実は礼儀正しい。いきなりドカドカ上がり込むわけじゃない。「先立(さきだち)」という案内役が先に玄関に来て、家主に入っていいか許可を取るんだ。もしその年に不幸があった家や、出産があった家には入らないというしきたりもある。
暴れん坊に見えて、実はルールを重んじ、家族の健康と豊作を願ってくれる心優しい神様。それがナマハゲの本当の姿なんだ。 そう考えると、現代の「コンプライアンス遵守」や「マイルド化」も、あながち伝統から外れているわけではないのかもしれないね。彼らは元々、人々の幸せを願う存在なのだから。
変わりゆく世界で、君はどう生きるか
2018年、男鹿のナマハゲはユネスコの無形文化遺産に登録された。これはすごいことだ。秋田の、しかも半島の限られた集落の行事が、世界の宝として認められたんだから。でも、登録されたからといって、それで安泰というわけじゃない。少子高齢化で担い手が減り、行事を続けるのが難しい地区も増えている。
そんな逆境の中で、ナマハゲたちは変化を選んだ。観光客向けの施設「なまはげ館」では、150体以上の多種多様なナマハゲの面を展示して、一年中その迫力を伝えている。ナマハゲに変身できるARアプリなんてものまであるらしい。 彼らは、伝統の「形」を少しずつ変えながら、でも「人々の幸せを願う」という「核」の部分は守り続けている。だからこそ、何百年も生き残ってこられたんだと思う。
君たちの未来も、これと同じなんじゃないかな。これから君たちが生きていく社会は、今の僕たちが想像もつかないようなスピードで変化していくだろう。今ある常識が、10年後には非常識になっているかもしれない。AIが仕事を奪うとか、グローバル化で競争が激しくなるとか、不安になるようなニュースも多いよね。
でも、恐れることはない。ナマハゲを見てごらん。彼らは「伝統だから変えてはいけない」なんて固執しなかった。外国人を受け入れ、観光客を受け入れ、時代の空気を読んで「マイルド」にさえなった。それでも、彼らは依然として「ナマハゲ」として、人々に愛され、畏れられている。
大切なのは、「自分が何者か」という核を持ちながら、方法は柔軟に変えていくことだ。 君が大切にしたいこと、君らしさ。それさえしっかり持っていれば、周りの環境がどう変わろうと、君は君として輝ける。 言葉が通じない相手には、身振り手振りで伝えればいい。ルールが変われば、新しいルールの中で一番いい方法を探せばいい。
ナマハゲが包丁で剥ぎ取ろうとした「怠け心」というのは、もしかしたら「変化を恐れて動かない心」のことかもしれないね。 寒い冬、囲炉裏のそばから動こうとしない僕たちのお尻を叩いて、「外の世界は広いぞ、変わることは楽しいぞ」と教えてくれているのかもしれない。
もし君が、将来のことで不安になったり、どうすればいいか分からなくなったりしたら、男鹿半島のナマハゲのことを思い出してほしい。 彼らは今日も、どこかのホテルで、あるいは雪深い集落で、誰かの幸せを願いながら、時代に合わせて進化し続けているはずだから。

