スーパーから見える、僕たちの未来のレシピ

秋田の街に住む若い君へ。たぶん君は、僕のことを少し変わった人間だと思うかもしれない。
なぜなら、僕は食に対してほとんど執着がないんだ 。お菓子や間食はとらないし、独り身だから自分で食事を用意しなきゃならないんだけど、正直なところ、不味くても必要な栄養とエネルギーが摂れればそれでいい、と思っているんだ 。一生懸命食材を育ててくれている人には、本当に申し訳ないと思っているよ。
でも、僕だって生きていくためには食べなきゃならないから、週に2、3回はスーパーへ買い物に行く 。僕がよく行くのは、近所にあるというだけの理由で、いとくというスーパーだ 。健康には気を遣っているつもりだから、きのこや納豆、卵なんかは常にストックしているし、食べるメニューが固定されているから、買い物はだいたい五分もかからない 。
ただ、これは僕が極端なだけで、多くの人はもっとじっくり食材を吟味して選んでいるんだろうね 。
秋田の人たちの多くは車で移動するから、最寄りのスーパーだけでなく、市内ならちょっと足を延ばして、お気に入りのスーパーで買い物をするかもしれない 。その理由が、特定の食材が安かったり、ポイントが貯まったり、その店にしかない商品があったりするから、というのもよくわかる 。
今回は、そんな地元のスーパーを題材に、秋田の未来をちょっとだけ覗いてみることにしよう。肩の力を抜いて、付き合ってくれると嬉しいな。
地元の誇りを探す旅、BGMに乗せて
スーパーに足を踏み入れると、いつも何かしらのBGMが流れているね。あの音楽は、ただの背景音(バック・グラウンド・ミュージック)なんだけど、実は僕たちの購買意欲を高めるための手段として活用されているんだ。
心理学的な研究によると、お店で流れる音楽のテンポは、僕たちの行動に影響を与えるらしい。ニューヨークのスーパーでの調査では、ゆったりとした遅いテンポのBGMを流したところ、お客さんは店内の雰囲気を楽しみながら他の棚も見て回り、結果的に売り上げが32パーセントも増えたんだって。逆にアップテンポの曲だと、気分は高揚するんだけど、足早に目的の商品に向かってしまい、他の商品を見て回る機会が損なわれるそうだ。
君が普段行くスーパーがどんなテンポの曲を流しているか、今度意識してみてほしい。僕の通ういとくには、オリジナルのCMソングもあるし、タカヤナギが展開するグランマートにもイメージソングがある。
こうしたお店の音楽は、ただのBGMではなく、老若男女すべての人が不快に思わない音色が追求されている。そして、そのちょっと薄味でフュージョンっぽいアレンジが、実は「目の前にあるものを安く感じる」という効果を生み出し、売り上げ向上につながるという、隠された意図もあるんだ。お店がどんな音楽を選んでいるか、それはお店が君たちにどう買い物をしてほしいか、というメッセージなんだ。
この地元の文化を支えるお店や、そこに並ぶ商品にも目を向けてみよう。秋田のスーパーには、地元ならではの誇りが詰まった商品がたくさん並んでいる。例えば、米どころ秋田の調味料といえば、比内地鶏のガラスープ や、ハタハタを原料に三年間も発酵・熟成させて造られる伝統の味「しょっつる」(魚醤)。しょっつるは、鍋料理や煮物、パスタにも使える優れものだ。また、角館の老舗安藤醸造の「寒こうじ」 や、万能つゆ「味どうらくの里」 は、多くの秋田の家庭に一本はある必需品だと聞く。
食に執着のない僕でさえ、こうした地域特有の調味料や特産品が、この地の食文化を形作っていることはよくわかる。こうした「地元でしか買えない」ものが、秋田の魅力の一つになっているんだね。
「あんべぇいぃ」サイズの哲学
最近、秋田のローカルスーパーでは、ちょっと面白い現象が起きている。
都市部のスーパーでも一人暮らし向けの惣菜は充実しているけれど、秋田で人気なのは、それとは少し違うんだ。秋田県内で店舗を展開するグランマート タカヤナギでは、「あんべぇいぃ(塩梅がいい=ちょうどいい)」という名前のミニパック惣菜を打ち出したところ、大きな話題になった。そのサイズが本当に「ミニ」で驚く。かぼちゃの煮物がたった二個だけ、刺身が三切れだけ、おひたしが40グラムだけ、といった具合だ。僕がよく行く、いとくでも、刺身が三切れ入り、肉だんごが二個入りの少量パックが並んでいる。
なぜ、こんなに少量パックが人気なんだろう?
都市部での「おひとりさま惣菜」は、主に活動的に働く若い世代、つまり一人暮らしの人や生活リズムが合わない家族を想定している。だけど、秋田でこの「あんべぇいぃ」サイズがヒットした理由は、少子高齢化が進む秋田で、家族が巣立ったり、配偶者を亡くしたりして一人暮らしになったシニア世代のニーズにぴったり合致したからなんだ。
君たち若者にとっては、「量が少ないと割高になるんじゃないか?」と感じるかもしれないね。たしかにそうかもしれない。でも、少ししか食べられない人、若いときほど量は要らない人にとっては、自分では作れない田舎のお母さんの味を、気兼ねなく一人分だけ買えるのは、救世主のようなものなんだ。
この「あんべぇいぃ」という言葉には、秋田の抱える課題、つまり高齢化と人口減少が色濃く反映されている。
スーパーは、社会の変化を映す鏡だ。君たちがこれから秋田の未来を考えるとき、こうした日常の買い物風景に隠された社会の構造を読み解く視点を持つことが大切になってくるんじゃないかな。反対に、この現象は、地元スーパーが地域のニーズに敏感に対応し、新しい形の暮らしを提案している証拠でもある。
クマが教えてくれた、日常のありがたみ
最後に、少し考えさせられる出来事を一つ。
つい最近、秋田市内のいとく土崎みなと店に、クマが立てこもったというニュースがあったね。開店前に侵入し、店内で従業員が軽症を負うという人身事故も発生した。警察や市が2、3日間も24時間体制で監視を続け、最終的に捕獲されたという、まるで映画のような話だ。
スーパーは日常そのものだ 。でも、このクマの立てこもり事件は、普段当たり前だと思っている「スーパーがそこにある」という日常の安全や、利便性が、いかに脆いものかを教えてくれた気がするんだ。クマは殺処分され、その是非について様々な意見があったと聞く。しかし、僕が思うのは、僕たちの日常を支えるインフラ—スーパーや、そこで働く人々—の存在は、非常に大切だということだ。
秋田のスーパーには、たけや製パンの「バナナボート」や「アベックトースト」といったソウルフード が並んでいるし、横手市のスーパーモールラッキーさんのように、地元農家と直接契約した「ファーマーズマーケット」で新鮮な野菜を届けてくれる店もある。僕たちは、マイカー移動で自分の好きなスーパーを選び、ポイントや安さを求めて気軽に移動できる。
しかし、その裏側には、君たちが知らないところで、地元企業同士の統合(いとくとタカヤナギがユナイトホールディングスを設立したように) や、大手チェーンとの競争、そして高齢化社会への対応といった、様々な工夫と苦労があるんだ。
地元のスーパーは、単にモノを売る場所じゃない。
そこには、僕たちの食文化があり、社会の縮図があり、そして何よりも、この街で生きていくための「あんべぇいぃ」暮らしが詰まっている。
君たちが秋田の未来を作っていくとき、この日常の風景を、ただの風景として見過ごさずに、その裏にある物語や課題を想像してみてほしい。それが、君が秋田の将来を考えるための、最初のレシピになるはずだから。

