北国の未来と温度のバランスシート

30年前のストーブと、エアコンの風に悩む僕

 秋田で青春を送っている君たちに、少しばかり「温度」の話をしようと思う。
 僕がまだ子供だった頃、それは今から30年ぐらい前の話になるけど、育った青森県、つまり君たちと同じ北国では、学校内で夏の暑さに苦しんだ思い出は、ほとんどないんだ 。
 それよりも、冬の寒さの記憶の方が、よっぽど強烈だ。
 今では見かけないかもしれないけれど、当時の教室には石炭ストーブが設置されていた 。休み時間になると、みんな自然とストーブの周りに集まって暖をとったものだ 。ストーブの上に水を張った容器(蒸発皿)を乗せ、そのお湯(湯煎)で牛乳を温めていた光景が、僕の記憶の片隅に残っている。

 ここまでは、昔話だけれども、現代の夏は、昔と比べて格段に暑くなったと思う 。僕の職場でも、当然のように夏にはエアコンをつけて仕事をしている 。ただ、僕はどうもエアコンの風が苦手なんだ。同じフロアで働く同僚たちは部屋をガンガンに冷やすから、僕はその冷たい風をどうにか避けるか、毎日苦労している始末だ 。
 さらにユーモラスなことに、ついこないだ、職場のエアコンが壊れるというトラブルがあったんだけど、みんなが大騒ぎする中で、僕だけは快調だったんだ。
 こういう経験を通して、僕はちょっと心配になる。現代人は冷暖房に慣れすぎているのではないだろうかって。同年代の人たちを見ても、冷暖房なしでは身体が持たない、という人が増えているように感じるんだ。僕が平気な温度でも、彼らは結構辛そうにしている。

 僕自身は、ある程度の暑さや寒さに身体を慣らすことも大事だと思っている。君たちも、本来身体に備わっているはずの体温管理の機能が、冷暖房の快適さによって低下してしまうのでは、と僕は案じているんだ。

教室にはもうあるけれど、体育館はどうだろう

 さて、僕たちの世代の冬の記憶とは対照的に、君たちの学校生活は夏の暑さ対策が中心になっているはずだ。
 現在、公立の小中学校の普通教室における空調(冷房)設備の設置率は、全国平均で99.1%(令和6年9月1日時点)に達している。
 これは、児童・生徒の熱中症対策のため、予算措置が講じられた結果だ。比較的寒冷地とされる地域でも整備は進んでおり、例えば青森県では97.2%、北海道でも82.6%と設置が進んでいる。

 でも、ちょっと目線を「体育館」に移してみよう。
 体育館は、授業や部活動で君たちが大量の汗をかく場所だね。しかし、この体育館への空調設置率は、全国平均で22.7%(令和7年5月1日時点)と、普通教室に比べると、まだまだ低い水準なんだ。そして、君たちの住む秋田県を見てみると、この数字はさらに興味深いことになる。
 秋田県の公立小中学校の体育館や武道場において、空調(冷房)設備が設置されている棟の割合は、わずか1.8%(令和7年5月1日時点)しかない。これは、対象となる167棟のうち、たった3棟だ。同じ東北地方でも、山形県が22.7%(49棟)と全国平均並みに整備が進んでいるのに対し、秋田県の立ち遅れは目立っている。

 君たちはどう思うだろう。なぜ、こんなに大きな差があるのだろうか。

体育館は避難所、涼しさも暖かさも命綱

 体育館への空調設置が遅れている背景には、広い面積ゆえに設置やランニングコストが膨大になることや、教室棟と違って学校活動への影響が少ないため優先度が低いという意見があるらしい。実際、体育館全体を冷やす代わりに、熱中症対策としてスポットクーラーだけを導入するケースも見られる。
 しかし、体育館の役割は、単に体育の授業や部活動の場であるだけではないんだ。公立学校の体育館の多くは、災害が発生した際に、地域住民のための避難所としても利用される重要な施設なんだ
 近年、夏の猛暑は危険なレベルに達し、冬も厳しい。もし災害が猛暑期や厳寒期に起きた場合、空調がない避難所では、被災者が暑さや寒さで体調を崩し、「災害関連死」のリスクが高まってしまう。だからこそ、学校施設は子どもたちの学習・生活の場であるとともに、非常時にも地域住民の安全を守るための防災拠点としての機能強化が求められているわけだ。
 国もこの重要性を認識しており、避難所となる体育館等への空調設備設置については、集中的な整備の加速化に乗り出している。
 ただ、ここで一つ問題が出てくる。既存の体育館の多くは、教室棟とは異なり、そもそも断熱性能が十分に確保されていないことが課題となっているんだ。断熱が不十分だと、せっかく冷暖房を入れても効率が極端に悪くなってしまう。まるで、窓を開けっぱなしでエアコンをつけているようなものだ。これではエネルギーの無駄遣いになってしまう。
 だから、文部科学省は、体育館に空調設備を設置する際は、合わせて断熱性も確保するよう求めている。屋根への遮熱塗装や、窓への日射調整フィルムといった比較的安価で短期間にできる対策もある。断熱性を確保すれば、必要な空調設備の能力自体を小さくできるため、初期の設備導入費や、その後の電気代(ランニングコスト)を大幅に削減することができる、という試算もあるんだ。これはまさに、「急がば回れ」だね。

エアコンと上手に付き合うための未来の工夫

 僕が個人的に冷房の風が苦手だという話をしたけれど 、暑い日には冷房の恩恵は欠かせないものになっているのも事実だ。君たちがこれから、故郷の秋田で、あるいは他の場所で社会を担っていく上で、冷暖房との付き合い方は、きっと大切な課題になる。大切なのは、「やみくもに使う」のではなく、「賢く使う」ことだ。
 まず、エアコンを使う上でのエネルギー効率の問題がある。例えば、学校のような大勢の人が集まる場所では、ホコリやチリがたまりやすい。エアコンのフィルターが目詰まりすると、冷暖房の効率が落ちて余分な電力を消費してしまう。だから、最低でも1〜2週間ごとにフィルター掃除をすることが、性能維持と省エネにつながるんだ。さらに、清掃時間中にエアコンを稼働させていると、床の粉塵やゴミがフィルターに入り込み、故障の原因になるから、その時間は電源を切って窓を開けて換気することが推奨されている。細かいことだけど、こういう地道な管理が、将来のコストや環境負荷に大きく響いてくる。
 次に、健康と空気の質の問題。普通教室の空調化が進む一方で、窓や扉を閉め切って冷房運転を続けると、換気が不十分になりがちだ。教室に大勢の児童・生徒がいると、呼気によって二酸化炭素(CO2)濃度が上がり、学習効率の低下や健康への影響が懸念される。特に冷房時は、暖房時よりも自然な空気の入れ替わりが少なくなるから、より一層換気に注意が必要なんだ。
 だから、空調を使いながらも、休み時間には窓開け換気を徹底したり、あるいは全熱交換器のような機械換気設備を適切に運用したりすることが重要になる。快適な温度を保ちつつ、新鮮な空気も確保する。この二つを両立させるのが、これからの学校、そして君たちの未来の環境管理の基本になるだろう。

 君の「快適」の定義を考えてみよう。秋田県では、普通教室の冷房化は進んでいるとはいえ、体育館のような大きな施設への空調導入は、まだスタート地点に立ったばかりだ。この低い設置率をどう変えていくか、その費用をどう捻出し、導入後にどう運用していくか、といった問題は、これから君たちが向き合う秋田の未来そのものだ。

 例えば、学校の空調設備を選ぶときにも、初期投資(イニシャルコスト)と、運転費用やメンテナンス費用(ランニングコスト)のどちらを重視するかで、選ぶ熱源(電気式、ガス式など)が変わってくる。学校のように24時間稼働しない施設では、イニシャルコストが安い「電気式ヒートポンプ個別エアコン」の方が、トータルで見て経済的だという評価もあるんだ。技術や経済性の問題は尽きないけれど、最終的には、君たちが「何を大切にするか」にかかっている。
 僕が子供の頃にストーブで牛乳を温めていた時代とは違い、君たちの「快適な環境」には、猛暑による命の危険(熱中症)や、災害時の安全確保、そして地球環境への配慮という、多くの要素が複雑に絡み合っている。ただ、その「快適さ」を追求するあまり、僕の職場の同僚のように、冷房漬けで少しの暑さ寒さにも耐えられない身体になってしまうのは、少しもったいない気もする。

 君たちがこれから、秋田の地で、あるいは日本のどこかで、より良い社会を築いていくために、この「温度のバランス」について考えてみてほしい。安全と健康を最優先しつつ、知恵と工夫で、コストや環境負荷を最小限に抑えた未来の快適な環境を、君たちの手で設計してほしいと願っている。

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