校則の白い霧、秋田の空に晴れるかな

僕が子どもの頃、特に中学校の先生たちは、なんだかみんな、怖くて大きな存在だったな。中学に入るとき、男子は坊主頭がルールだったんだ。おしゃれに頓着がなかった僕は平気だったけれど、卒業して髪を伸ばし始めたら、自分はものすごく強いくせ毛だと気づいて、ちょっとショックを受けたのを覚えている。
振り返ると、当時は先生から理不尽なことで殴られたこともあった。今の大人になった僕から見ると、他人に怒鳴ったり指導したりするのって、ものすごく労力がかかることだとわかる。今でも、当時の先生が好きになれない部分もあるけれど、その大変さだけは理解しているんだ。
でも、高校に入った途端、学校からの縛りがすっと緩くなった。僕は特に優等生じゃなかったけれど、高校の先生に叱られた記憶がまるっきりない。そもそも校則なんて本当にあったのかな、とすら怪しいくらいだったよ。
なぜ「理不尽」は生まれるんだろう?
最近、「ブラック校則」なんて言葉を聞くようになったけれど、君たちも心当たりがあるかもしれない。この理不尽さ—つまり「道理に合わないこと」—の核は、なぜそんな要求をされるのか、その根拠がさっぱり理解できないことにあるという指摘があるんだ。
例えば、靴の穴は5つまでとか、なんで6つじゃダメなの?ラインが入っちゃいけないのはなぜ?生徒からは、「何の意味もないことを強要されるから」という声が上がっている。
先生に聞いても、納得できるような説明がないことが多いそうだ。もし君が「ツーブロックが禁止されている理由が『事件に巻き込まれる』など、『もしも』の話が多すぎて納得できません」と感じるなら、それは君だけじゃない。持って生まれた地毛の色が茶色いのに、黒く染めなさいと強要されるケースがあったり、それが原因で学校に行けなくなる子もいる。これは、個人の尊厳を踏みにじる、人権侵害につながる恐れがあると言われているよ。
校則の裏にある「社会の目」
じゃあ、なんで説明できないような細かいルールが増えちゃうんだろうね?
実は、校則は先生たちの個人的な好みだけでできているわけじゃないみたいなんだ。「校則だから」という説明に、「答えになっていない」といった厳しい批判が集まるけれど、その裏には、親御さんや地域の人々といった学校の外側が、「中学生らしい」「高校生らしい」というイメージを学校に求めている、という構造があるんだ。
例えば、「白=清潔」という世間一般の常識が、「靴下は白」「下着は白」という細かいルールに反映されていく。もし生徒の服装や頭髪が「乱れている」と、地域の人々は「学校の指導がなってない」と非難の声を校長先生に届けることがあるそうだ。学校は地域からの信頼に応えようとして、生徒を指導するわけだ。
校則を破る生徒が増えると、学校は地域からの期待を裏切ってしまうことになる。だから、学校の評判が下がるのを恐れて、教師は厳しい指導を続けてしまうんだね。つまり、僕たちが「理不尽だ」と感じる校則は、学校の中だけで生まれた問題じゃなくて、社会全体が作り出しているものだとも言えるんだ。
秋田で考える、君の「自律」ってなんだろう?
インターネット上には、ここ秋田県の県立高校の校則がリストとして掲載されているんだけれども、大仙市の小中学校では、今や「校則」といった学校が一方的に決めたものはなく、「生徒が主体となって考えた心得」や「生活のきまり」で指導している学校が圧倒的に多いというデータもある。昔の男子坊主頭の時代とは、時代が変わったんだね。
秋田高校には、昔、着装の自由化をめぐって、生徒会と学校側が、お互いの立場を尊重しながらフェアに話し合い、試行期間を経て自由化に進んだ歴史があるらしい。これは、生徒が自分で考え、自律的に集団のルールを決めていく、という民主主義の基本を学ぶ良い機会だと言えるだろう。
もちろん、全ての人が「校則なんていらない」と考えているわけではない。校則を守る理由を尋ねたアンケートでは、「社会に通用する人間になる」「就職や進学」のために納得しているという意見も少なくない。自分の将来の利害や、生徒全体の安全・安心を考えて、ルールが必要だと感じている子もいるんだ。
でも、今の世の中、多様性(ダイバーシティ)が重視されている。自分の意見や個性を殺して、周りに合わせることを良しとする風潮は、日本人を消極的にしている、という批判もある。
秋田の将来を考える君たちには、ぜひ考えてみてほしいんだ。その「当たり前」のルールは、本当に君たちの成長や、君の個性を伸ばすことにつながっているだろうか?
先生や親の顔色を伺うのではなく、なぜそのルールが必要なのか、自分で問い続けること。そして、もし理不尽だと感じたら、反対意見も尊重しつつ、粘り強く話し合うこと。学校が君たちの「居場所」になり、君たちが自分で考え、行動できる人(自己指導能力を持つ人)を育てていくこと、それが、これからの秋田の空気を、少しずつ変えていく一番の力になるんじゃないかな。

