旅に出たい君へ贈る、バスに乗って世界を広げる話

今、君の世界は本当に狭いのか?
君は今、何かから抜け出したいと思っているんじゃないかな。あるいは、世界の隅々まで情報が行き渡って、未知の場所なんてなくなってしまったような、そんな息苦しさを感じていないだろうか。
僕が学生だった頃は、インターネットなんてなかったから、海外の情報は本当に少なかった。お金もなかったし、自分が住んでいる街以外の情報が、それほど入ってこなかった。だから、旅は遠い夢、手の届かない広大な「未知」だった。世界は広すぎて、手が届かなくて息苦しかったんだ。
時代は変わり今は、インターネットのおかげで、世界の情報が指先一つで手に入るようになった。それは便利なことなんだけれど、その便利さが、逆に世界を「もう知っている場所」にしてしまい、僕らの想像力をキュッと狭めてしまったんじゃないかと思うことがある。
でも、そんな君たちにこそ、僕が心からおすすめしたい一冊がある。
沢木耕太郎さんの紀行小説、『深夜特急』だ。これは、刊行後バックパッカーたちの間で「バイブル」のように扱われるようになった、とんでもない物語なんだ。
「計画ゼロ」の旅が僕らに教えてくれること
この本の主人公である沢木耕太郎さんは、旅の詳細な計画なんてほとんど立てずに、勢いだけで日本を飛び出す。当時の沢木さんは、「かつてシルクロードがあったのなら、現代ならバスぐらい通っているだろう」と考えたらしい。
彼の目指す旅のルールはシンプルだ。インドのデリーからイギリスのロンドンまで、飛行機は使わず、路線バスや乗り合いバスだけを乗り継いで行く。旅はなんと約一年にも及ぶことになる。
ね、無謀だよね。でも、この「無計画な無謀さ」こそが、僕らが今失っている大事な何かを思い出させてくれる気がするんだ。僕らはついつい、出発前にすべてを完璧に固めたがるけれど、この本は、「そうじゃない旅だってあるんだよ」と、肩の力を抜いて教えてくれる。この本には、1970年代前半の、まだ情報が少なかった時代の交通事情や宿泊事情を知る手がかりも含まれているよ。
ちなみに、この『深夜特急』というタイトル、実は沢木さんが見た同名の映画に由来していて、映画の中では刑務所からの脱獄を意味する隠語だったらしい。そして、通常「急行」と訳されるExpressを、「特急の方が語感がいい」という理由で「特急」にしたという、ちょっとした沢木さんの癖も面白い。
立ち止まる君を連れ出す「未知なる向こう」の熱気
旅は、デリー行き航空券の途中降機で立ち寄った、毎日が祭りのようだった香港の熱狂から始まる。香港を皮切りに、タイのバンコク、娼婦館に泊まったマレーシアのペナン、そして未知なるインドへ。主人公は、静かな聖地ブッダガヤ(ボドガヤー)で過ごしたり、パキスタンでは「これほど恐ろしいものはない」というスピードのバスに乗ったり、トルコを経てギリシャ、イタリア、フランス、スペインと、ひたすら西へ進んでいく。
この物語を読むことで君が得られるのは、世界の広大さだ。ネットで簡単に情報が手に入る今だからこそ、僕たちは、この本を通して当時の旅の「不便さ」や「途上国の貧しさの一端」をリアルに感じ取り、世界はまだ僕たちの勘違いよりずっと広いんだ、と再認識できるはずだ。僕が「旅」に求める、未知なる扉をちょっとずつ開き、その高揚感を感じる感覚を、君もきっと追体験できると思う 。
終着点ではない、君自身の「第1便」へ
この本は、君に完璧な旅行ガイドをくれるわけではない。でも、君が今抱えているかもしれない、どこかから抜け出したいという気持ちや 、世界に対する純粋な好奇心に火をつけてくれる。
旅の終盤、主人公はユーラシア大陸の西端であるポルトガルのサグレスで大西洋を眺め、「私はここに来るために長い旅を続けてきたのではないだろうか」と、ふと考える。この本を読めば、君もきっと、自分の「ゴール」とは一体どこにあるのかを、深く考えさせられるだろう。
もし今、君がどこへ行けばいいかわからなくて立ち止まっているなら、まずは沢木さんの「深夜特急」という名のバスに飛び乗ってみたらどうだろうか。僕はこの紀行小説の影響で旅好きになった 。もちろん、感じ方は人それぞれだけれど、君の人生の「第1便」にする本としては、悪くない一冊だと僕は思うよ。

