秋田のスタジアム問題と、僕らの未来の選び方について

君は最近、ニュースを見ているだろうか。 地元の秋田で、サッカースタジアムをつくるかどうかの話が、なんだか少し熱を帯びている。先日、秋田市の沼田市長が記者会見で、Jリーグ側の対応について「傲慢な態度だ」と怒りをあらわにしたというニュースがあった。
普段、政治や経済のニュースなんて退屈で、まるで冷めたスパゲッティみたいだと思うかもしれない。でも、この話は君たちの未来に少しだけ、でも確実に関わってくることだから、少し時間を割いて、僕の話を聞いてほしい。
Jリーグのルールという名の「ドレスコード」
まず、なぜこんなに揉めているのか、シンプルに整理してみよう。 地元のサッカーチーム「ブラウブリッツ秋田」は頑張っている。J2というリーグで戦っていて、さらに上のJ1を目指せる力もつけてきた。売上も10億円を超えて、チーム経営は過去最高に順調だそうだ。
でも、Jリーグという舞台には、とても厳しい「ドレスコード」がある。 J1に上がるためには、1万5000人以上が入るスタジアムが必要だとか、屋根が観客席を覆っていなきゃいけないとか、そういう決まりがあるんだ。それはまるで、ダンスパーティーに参加するためには、特定のブランドのタキシードと革靴を履いていなきゃいけないと言われているようなものだ。
今の秋田のスタジアム(ソユースタジアム)は、その基準を満たしていない。屋根や衛生施設が足りないという理由で、Jリーグから「制裁」を受けている状態なんだ。もし新しいスタジアムの計画が進まなければ、チームは上のリーグに行けないどころか、ライセンスを失ってしまうかもしれない。言ってみれば、人質を取られているような気分になるのも無理はない話だ。
税金という「みんなのお財布」
ここで、君も一度は考えたことがあるかもしれない疑問が出てくる。 「なぜ、民間のプロスポーツチームのために、僕たちの税金を使わなきゃいけないの?」と。
それはとてもまっとうな疑問だ。 秋田は高齢化が進んでいるし、災害への対策もしなきゃいけない。冬になれば雪かきにお金がかかるし、福祉だって大切だ。限られたお小遣いをどう使うか悩む中学生と同じで、自治体だって「あれもこれも」とはいかない。 スタジアムを作るには、何十億、場合によっては100億円以上のお金がかかる。それだけでなく、作ったあとの維持費だって毎年かかり続ける。
サッカーに興味がない人からすれば、「そのお金で道路を直してよ」とか「学校のエアコンを新しくしてよ」と思うのは当然のことだ。特定のファンや企業だけが得をする場所に、みんなのお金を使うのは不公平じゃないか、という意見には強い説得力がある。
市長が怒った本当の理由
さて、今回の騒動の中心にあるのは、Jリーグ側が秋田市の計画に対して放ったある言葉だ。 市側は、身の丈に合った「1万人規模」のスタジアムを提案した。でもJリーグ側は、それでは「志が低い」と言ったらしい。
これに対して沼田市長は「常識がなさすぎる」「傲慢だ」と反発した。 僕はこのニュースを聞いて、市長の気持ちも少しわかる気がした。地方都市には地方都市の、切実な現実がある。人口が減っている中で、東京や大阪のような大都市と同じ基準を押し付けられて、「志が低い」なんて言われたら、誰だってカチンとくるだろう。
Jリーグ側の言い分も、ビジネスとしては理解できる。観客がたくさん入る立派なスタジアムがあれば、リーグ全体の価値が上がる。J1の平均観客数は約2万人だ。だから「もっと大きな夢を見ようよ」と言いたいのかもしれない。 でも、その夢を見るためのコストを払うのは、Jリーグではなく、ここに住む僕たちだ。そこには大きな溝がある。
二つの正義の狭間で
ここで面白いのは、どちらか一方が「悪者」というわけではないということだ。 ブラウブリッツ秋田というチームは、地域を盛り上げようと必死に活動している。彼らがJ1で活躍すれば、県外からたくさんの人が応援に来て、美味しいきりたんぽを食べて、ホテルに泊まってくれるかもしれない。それは経済効果という形で、巡り巡って街を元気にする。
一方で、行政は「最悪のケース」も考えなきゃいけない。 もしチームの成績が下がったら? もし誰もスタジアムに来なくなったら? 実際に、立派なスタジアムを作ったけれど、赤字続きで自治体のお荷物になっている例は他の県にもある。将来、君たちが大人になったとき、「なんでこんなもの作ったんだ」と借金だけが残るようなことにはしたくない。
だから、今は「新しいスタジアムを新しく建てる」のか、それとも「今あるスタジアムを改修して使う」のか、慎重な議論が行われている。改修なら安く済むかもしれないけれど、それでも何十億円とかかる話だ。
君ならどう決断するか
さて、ここからが本題だ。 君がもし、この街のリーダーだったらどうするだろうか。
A:夢と希望にかけて、立派なスタジアムを作り、街のシンボルにする。 B:堅実に、今の生活と福祉を優先して、スタジアム建設は見送る(あるいは最小限にする)。どちらを選んでも、誰かからは批判されるし、誰かからは感謝される。 正解なんてない。あるのは「覚悟」だけだ。
僕は思うのだけれど、大切なのは「スタジアムができるかどうか」という結果そのものよりも、そのプロセスで僕たちが何を考えたか、ということなんじゃないだろうか。 サッカーファンも、そうでない人も、お互いの言い分を聞いて、「自分たちの街にとって何が一番幸せか」を考える。 もしかしたら、Jリーグの基準そのものが、これからの人口減少社会には合わなくなってきていて、見直すべき時期に来ているのかもしれない。そういう声を、地方から上げていくのも一つの手だ。
未来へのパス
少し前向きな話をしよう。 この騒動は、見方を変えれば「自分たちの街の未来を自分たちで決めるチャンス」でもある。 市長が怒ったことも、議論が紛糾していることも、それだけみんながこの街のことを真剣に考えている証拠だ。無関心でいられるよりはずっといい。
スタジアムがあろうとなかろうと、君たちの人生は続いていく。 でも、もしスタジアムができるなら、そこは単にサッカーを見る場所ではなく、君が友達と笑い合ったり、悔し涙を流したりする、思い出の場所になるかもしれない。逆に、スタジアムを作らないという選択をするなら、その分浮いたお金で、もっと別の素晴らしい何かが生まれるかもしれない。
大切なのは、誰かが決めたことに文句を言うだけじゃなくて、「僕ならこうするな」と自分の頭で考えることだ。 そうやって考えたこと一つひとつが、君という人間を作るレンガになっていく。
結論はまだ出ていない。 でも、焦る必要はない。秋田の冬が長いように、じっくりと雪解けを待つように議論すればいい。
ただ、一つだけ言えるのは、どんな結論になったとしても、それは君たちが生きていく舞台の話だということだ。 だから、たまにはニュースを見て、「やれやれ、また大人が揉めているな」と苦笑いしながらも、少しだけその行方を見守っていてほしい。それはまるで、雨上がりのグラウンドで、どちらに転がるかわからないボールを目で追うときのように。

