2026年の共通テストと、君のこれからについて

 1月17日から18日にかけて、大学入学共通テストが実施された。
 窓の外を見ると、冬の空はいつも通り高く、そして少しだけよそよそしい。僕がその試験を受けたのは、もう何十年も前のことになる。当時はまだ「センター試験」と呼ばれていて、今の君たちが受けているものとは名前も中身もずいぶん違っていた。

 正直に白状すると、当時の僕はあまり褒められた受験生ではなかった。会場は自宅から遠い場所にある大学だったのだけれど、僕は下見すらしなかった。地図さえあれば何とかなるだろうと、根拠のない楽観主義を抱えていたんだ。結果どうなったかというと、当日は本当に遅刻ギリギリで会場に滑り込むことになった。冬の冷たい空気の中、白い息を吐きながら走ったのを覚えている。

 高校が手取り足取りバックアップしてくれる時代でもなかったし、僕自身もどこかいい加減な気持ちで、人生の分かれ道に立っていたような気がする。本当に、思い出すだけで少し情けない気持ちになるよ。

 けれど、実際にこの試験に臨んだ受験生は違う。この日のために準備を重ね、プレッシャーと戦ってきたはずだ。まずは、その戦いを終えた受験生に「お疲れ様」と言いたい。

 さて、今年のテストについて、少し話をしようか。僕の古い記憶とは違い、そこには現代ならではの風景が広がっていたようだ。

切手のない願書と、デジタルの波

 今年から、出願手続きが「完全Web出願」になったそうだ。

 僕たちの頃は、願書を書き、切手を貼り、ポストに投函するという一連の儀式があった。ポストの中に封筒が落ちる音を聞いて初めて、「ああ、賽は投げられたんだな」と実感したものだ。

 でも今は違う。すべての志願者がサイトでマイページを作り、Web上で登録を済ませる。受験票ですら郵送されず、自分でダウンロードして印刷して持っていく。合理的で、スマートだ。でも、ふと思うんだ。手紙を書く行為が減ったように、受験という体験からも少しずつ「手触り」のようなものが消えていっているのかもしれない、と。

 もちろん、これはただのノスタルジーだ。システムが変われば、ルールも変わる。大切なのは、その変化に君たちが適応しているという事実だ。それだけで、君たちは僕なんかよりずっと頼もしい。

「カオス」と呼ばれた試験用紙

 試験の中身も、ずいぶんと様変わりしたようだ。今年は新課程入試の2年目にあたる。「2年目のジンクス」なんて言葉があるけれど、どうやら今回はそれが現実のものとなったらしい。

 例えば、今年から本格化した「情報I」。プログラミングやデータ分析といった専門的な内容が増え、平均点は昨年より10点以上も下がると予想されている。数学も計算量が増え、多くの受験生が「時間が足りない」と頭を抱えたそうだ。

 特に国語は大変だったみたいだ。SNSでは「カオスだ」なんて言葉が飛び交っていた。現代文の構成が複雑になり、ただ文章を読むだけでなく、複数の資料を組み合わせて考えなければならない。まるで探偵が散らばった証拠品から真実を見つけ出すような作業だ。平均点は全体的に下がる傾向にあるけれど、それは君だけのせいじゃない。波が高ければ、みんな泳ぐのに苦労する。それと同じことだ。だから、もし手応えがなかったとしても、あまり自分を責めないでほしい。

スマートフォンと、200枚の孤独

 試験の最中に、少し悲しいニュースもあった。

 不正行為で失格になった受験生が7人いたそうだ。特に福岡県の会場では、数学の試験中にスマートフォンを足の間に挟み、問題を撮影していた受験生がいたらしい。その数、なんと約200枚。撮影された画像は、ネットで知り合った人物に送信されていたという。足の間にスマホを隠し、200回もシャッターを切る。その行為のリスクと、そこまでして得たかった結果のバランスを考えると、僕は暗い気持ちになる。もちろん、ルールを破ることは許されない。それは公平性という土台を崩す行為だ。

 でも、そこまで追い詰められてしまった心の弱さや、ネットの向こうの誰かに頼らざるを得なかった孤独について考えると、単に「悪い奴だ」と切り捨てる気にはなれないんだ。SNSへの投稿禁止が厳しく叫ばれているのも、こうした現代特有の歪みが背景にあるのかもしれない。

 僕たちは便利な道具を手に入れたけれど、それを使う僕たちの心は、昔と変わらず脆いままなのかもしれないね。

電車は止まる、でも時間は進む

  トラブルは人の手によるものだけじゃなかった。

 大阪の南海本線で人身事故があり、約2万人の足に影響が出た。開始時間を繰り下げた会場もあったし、大幅に遅れて別室で受験することになった学生もいたそうだ。他にも、誘導ミスや、会場の天井から異音がするといったトラブルもあったらしい。

 試験の日くらい、世界が完璧に回ってくれればいいのに、と思うかもしれない。でも残念ながら、世界は受験生のためだけに回っているわけじゃない。電車は止まるし、雪は降るし、天井からは妙な音がすることもある。

 でも、そんな予期せぬトラブルの中で、受験生はベストを尽くそうとした。その経験は、点数には表れないかもしれないけれど、これからの人生で案外役に立つものなんだ。「あの時は大変だったな」と笑って話せる日が、いつか必ず来る。

次の扉を開ける君へ

 さて、共通テストは終わった。でも、それはゴールではなく、通過点に過ぎない。

 多くの受験生にとって、ここからが本当の勝負になるだろう。国公立大学を目指すなら二次試験があるし、私立大学の一般入試も控えている。

 テストの結果が良かった人も、そうでなかった人もいるだろう。自己採点の結果を見て、呆然としているかもしれない。でも、ある予備校のサイトにいいことが書いてあった。「共通テストは『結果』ではなく、次に進むための『道具』だ」と。 点数に一喜一憂するのではなく、その数字を使ってどう戦略を立てるか。それが大事なんだ。 志望校のボーダーラインまであとどれくらいか。自分の得意な科目で逆転できる可能性はあるか。冷静に、客観的に自分を見つめ直す時だ。

 反対に、「もう無理だ」と諦めてしまう意見もあるかもしれない。それも一つの選択だ。でも、可能性がゼロでない限り、道は続いている。

 僕がいい加減な気持ちでセンター試験を受けたあの日から、随分と時間が経った。あの時の点数がどうだったかなんて、もう覚えていない。でも、あの寒い朝に走ったことや、試験会場の独特の空気感は、今の僕の血肉になっている。

 だから、今の感情を大切にしてほしい。 君たちがこの二日間で感じた焦りや、不安や、あるいは小さな達成感。それらすべてが、これからの自分を作る材料になるのだから。

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