駅のベンチと、君のポケットの中の時間

 僕が高校生だった頃、通学の手段は自転車だった。雨の日も風の日も、ペダルを漕いで学校へ向かったものだ。だから正直に言うと、電車通学というものがどういうものなのか、肌感覚としてはよくわからない。揺れる車内で単語帳をめくるとか、駅のホームで気になるあの子の姿を目で追うとか、そういった青春の1ページは僕の辞書には載っていないんだ。

 でも、東京で仕事をするようになってからは、移動といえばもっぱら電車になった。終電を逃した後の少し気怠い時間や、誰かを待つ間の手持ち無沙汰な時間。そういう隙間の時間を埋めるために、僕にはいくつかのお気に入りの場所があった。

 さて、君はどうだろう。 駅を利用する君にとって、電車が来るまでの待ち時間はどんな意味を持っているのだろうか。単なる退屈な空白の時間かもしれないし、友人とお喋りをする大切なひとときかもしれない。あるいは、一人で考え事をするための貴重なサンクチュアリかもしれないね。

 今日は少し、秋田駅周辺の風景と、そこで過ごす君たちの時間について考えてみたいと思う。

エンドロールの続きが始まった場所

 秋田駅の東口にある「アルヴェ」。君も一度は足を踏み入れたことがあるんじゃないかな。あの大きな吹き抜けのある「きらめき広場」は、テーブルと椅子が並んでいて、なんとなく時間を過ごすには悪くない場所だ。

 実は、以前の僕はここにあった映画館が「なくなった」と思い込んでいたんだ。パンテオンシネマズとか、ルミエール秋田とか名前を変えながら続いていた灯火が、2020年の5月に一度消えてしまったと聞いていたからね。映画館がなくなるというのは、街から一つの窓が失われるようなものだと僕は思う。スクリーンを通して外の世界や、別の人生を覗き見る窓だ。

 でも、君たちの世代は知っているはずだね。あの場所の物語には「続き」があったんだ。 一度は幕を下ろしたけれど、その年のクリスマスの日に「AL☆VEシアター」として新しい名前で再出発していた。まるで映画の続編が公開されるみたいにね。

 ただ、昔と全く同じ姿で戻ってきたわけではないらしい。かつて5つあったスクリーンのうち、映画館として使われているのは3つだそうだ。運営には「109シネマズ」が関わっていて、大手のサポートを受けているみたいだから、上映作品のラインナップも期待できそうだ。

 じゃあ、残りのスペースはどうなったと思う? そこが「シェアオフィス」や「コワーキングスペース」になっているんだ。つまり、映画館の隣で、誰かがパソコンを広げて仕事をしているというわけだ。映画の余韻に浸る人と、現実の課題に向き合う人が壁一枚を隔てて存在しているなんて、なんだか象徴的な空間じゃないか。

 駅の反対側、西口に行けば「フォンテAKITA」の6階に市民学習スペースがある。そこは夕方になると高校生でいっぱいになると聞いた。もしかしたら君も、そこで数式と格闘している一人かもしれないね。静寂を好むなら「明徳館」という図書館もある。少し歩くけれど、あの静けさは思考を深めるにはうってつけだ。

コートを着ない君たちのやせ我慢について

 冬の秋田駅周辺を歩いていると、不思議な光景に出くわすことがある。凍てつくような寒さの中、制服の上にコートを着ずに歩いている男子高校生たちだ。

 あれは一体どういうことなんだろう。マフラーや手袋はしているのに、頑なにコートだけは着ない。以前、それがニュースやSNSで話題になっていたのを思い出した。なんでも「着たら負け」とか「着ないのがかっこいい」という美学があるらしいね。

 正直、僕にはその感覚がよくわからない。寒いなら着ればいいじゃないか、と大人は思う。でも、君たちには君たちのルールがあって、そのやせ我慢の中に、ある種のプライドや、仲間との連帯感みたいなものが隠されているのかもしれない。

 もちろん、風邪を引かないようにしてほしいとは思うけれど、その「寒さに耐える自分」を少し誇らしく思う気持ちは、わからなくもないんだ。それは、理屈じゃない。若さ特有の、熱のようなものだ。大人になると、機能性や快適さを優先して、ヒートテックを重ね着したり、分厚いダウンジャケットを着込んだりしてしまうからね。君たちのその無防備な背中は、ある意味でとても眩しく見えるよ。

ロングシートの向こう側に見える景色

 君たちが乗る電車は、たいてい「701系」という車両だろうか。ピンクや紫の帯が入った、あの電車だ。車内はロングシートで、向かい側に座った人と目が合いそうになる、あの配置。

 学校からの帰り道、君はロングシートに座って何を考えているんだろう。窓の外には、見慣れた田園風景や住宅街が流れていく。冬になれば、雪景色がどこまでも続く。

 ある統計によると、秋田市の高校生の約45パーセントが「将来も秋田市に住み続けたい」と考えている一方で、20パーセントは「県外で暮らしたい」と考えているそうだ。そして、「一度は外に出たいけれど、いずれは戻りたい」と考えている人も13パーセントほどいる。

 君はどのタイプだろうか。 「早くこの街を出て、東京や大きな街に行きたい」と窓の外を睨んでいるかもしれない。あるいは、「この穏やかな空気が好きだから、ずっとここにいたい」と思っているかもしれない。

 どちらも正解だと僕は思う。 ただ、電車に揺られているその時間は、君が「ここではないどこか」へ移動している時間であり、同時に「今の自分」から「未来の自分」へと少しずつ変化している時間でもあるんだ。

木造のぬくもりとコーヒーの香り

 もし君が、少し大人びた気分を味わいたいのなら、駅周辺のカフェで過ごすのもいいかもしれない。トピコやアルスの中にはスターバックスやドトールのようなチェーン店が入っている。

 少し歩けば「赤居文庫」という、ちょっと変わった名前のカフェもある。ここは「本とコーヒーとインクの匂い」をコンセプトにしていて、昭和レトロな雰囲気が漂っているそうだ。なんでも最近は、待ち合わせ場所として人気が出ているらしく、「恋愛のパワースポット」なんて呼ぶ人もいるとか。コーヒーの香りに包まれて、本を読んだり、ぼんやりと道行く人を眺めたりする。そういう時間は、勉強机に向かっている時とは違う種類の知性を育んでくれる気がする。

 そういえば、秋田駅の西口バスターミナルは、秋田杉を使った木造建築だと知っているかい? あの温かみのある空間は、コンクリートジャングルになりがちな駅前の風景の中で、少しほっとする場所だ。バスを待つ間に、木の香りを吸い込んでみるのも悪くない。

空白の時間を愛するということ

 学校が終わってから、電車やバスが来るまでの時間。それは、一日の義務から解放されて、家という安らぎあるいは別のしがらみに帰るまでの、宙ぶらりんな時間だ。

 君はその時間を「暇つぶし」と呼ぶかもしれない。スマートフォンでゲームをしたり、SNSをチェックしたりして、なんとかやり過ごそうとしているかもしれない。

 でも、その「何もしなくていい時間」や「待つしかない時間」というのは、案外貴重なものだ。 将来のことを不安に思ったり、今日の失敗を悔やんだり、あるいは週末の予定に胸を踊らせたり。そうやって心がいろいろな方向へ彷徨うことができるのは、君が今、駅という通過点にいるからだ。

 秋田駅周辺には、時間を潰せる場所がたくさんある。本屋で立ち読みをするのもいいし、駅ビルの雑貨屋を冷やかすのもいい。千秋公園のベンチで、ただ空を眺めるのもいいだろう。

 君がどこでどう過ごそうと、その時間は君のものだ。 コートを着ていても、着ていなくても。 秋田に残るつもりでも、出ていくつもりでも。駅の改札を抜けるとき、君のポケットの中には、誰にも邪魔されない自分だけの時間が詰まっている。それは、大人が羨むほどに自由で、可能性に満ちた時間なんだよ。

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