君の手の中にある、一枚のチケットについて

冬の風が少しばかり冷たさを増してきたようだ。 ニュースをつければ、どこもかしこも選挙の話ばかりしている。どうやら高市早苗総理大臣が衆議院を解散したらしい。なんでも、自身の政策をしっかりと進めるために、国民に信を問いたいのだとか。投票日は2月8日。まだ寒さが厳しい時期だ。
さて、政治の難しい駆け引きの話は、テレビのコメンテーターたちに任せておこう。僕が君に話したいのは、もっと手触りのある、君自身の話だ。君は今、18歳だろうか。あるいは、もうすぐ18歳になる17歳かもしれない。 もしそうなら、君の手には既に、あるいは間もなく、一枚の不思議なチケットが渡されることになる。それは「選挙権」と呼ばれるものだ。かつてこの国では、20歳にならないとそのチケットはもらえなかった。でも今は違う。18歳から選挙に参加できる。つまり、高校3年生の教室の中にも、このチケットを持っている人がかなりの数いるということになる。
タイミングの悪さと、冬の朝
正直なところ、今回の選挙のタイミングは最悪だと言っていいかもしれない。 2月の初めといえば、高校3年生にとってはまさに正念場だ。大学入試や就職の準備、卒業に向けたあれこれで、頭の中はパンク寸前だろう。「この忙しい時期に、日本の未来について考えろだって? 冗談じゃない」と君が肩をすくめたとしても、僕は全く責めるつもりはない。
受験勉強の合間に、覚えにくい英単語や歴史の年号を詰め込んでいる君にとって、政治家の演説なんて、遠い国の出来事のように響くかもしれない。
それでも、少しだけ耳を傾けてほしい。なぜなら、この「タイミングの悪さ」も含めて、政治は君たちの生活と地続きだからだ。
大人の僕から「選挙に行こう」と言うのは簡単だ。でも、君の状況を想像すると、そう軽々しくは言えない。それでもやはり、僕は君にそのチケットを使ってほしいと思っている。なぜなら、それは単なる紙切れではなく、君がこの社会という大きな船の乗組員であることを証明する、数少ない証だからだ。
僕らの声はどこへ消える?
少し数字の話をしよう。退屈かもしれないけれど、大事なことだ。 これまでの選挙のデータを見てみると、若い世代の投票率は、残念ながらとても低い。例えば、ある時の衆議院選挙では、20代の投票率は30パーセント台だったのに対し、60代は60パーセントを超えていたというデータがある。
これは何を意味するだろうか。 政治家という職業の人々は、票を集めなければ仕事ができない。だから当然、票をたくさん入れてくれる人たちの声を熱心に聞こうとする。レストランのシェフが、よく注文されるメニューを充実させるのと同じ理屈だ。 もし、高齢者ばかりが投票して、若者が投票しなければ、世の中のルールや予算の使い方は、自然と高齢者に有利なように作られていく。「シルバー民主主義」なんて言葉を聞いたことがあるかもしれないけれど、これは誰かが意地悪をしているわけじゃなくて、単なる数字の結果なんだ。
日本の人口は、ただでさえ高齢者の方が多い。その上、若者が投票に行かなければ、君たちの声は風にかき消されてしまう。 奨学金の問題、ブラックバイトの規制、将来の年金のこと。君たちが抱える不安や希望を政治のテーブルに乗せるためには、まず「僕らはここにいるぞ」と手を挙げる必要がある。そのための手段が、投票なんだ。
完璧なメニュー選びなんてない
「でも、誰に投票すればいいのかわからない」と君は言うかもしれない。 もっともだ。選挙公報に並ぶ難しい言葉や、テレビで流れる抽象的なスローガンを見ていると、どれも同じに見えたり、逆にどれも信用できなく思えたりするだろう。
安心してほしい。完璧に政策を理解して投票している大人なんて、実はそう多くはない。 例えば、君が食堂でランチを選ぶとき、すべての食材の産地やカロリーを完璧に把握してから決めるだろうか? 多分、「今日はハンバーグの気分だな」とか「こっちの方が安くて美味しそうだ」くらいの感覚で選ぶことの方が多いはずだ。
選挙も、最初はそれでいいと僕は思う。 自分に関心のあるテーマ、例えば「教育」や「子育て」、「雇用の安定」なんかについて、どの候補者が自分に近いことを言っているか、ざっと眺めてみるだけでいい。
最近では、いくつかの質問に答えるだけで、自分と考えの近い政党を教えてくれる「ボートマッチ」という便利なサイトもある。
もし、どうしても選びたい人がいなければ、白票(何も書かずに投票すること)を投じるという手だってある。それは「今の候補者の中には選びたい人がいない」という意思表示になるからだ。 一番良くないのは、自分がいないものとして扱われてしまうことだ。
手ぶらで散歩するみたいに
「投票日は忙しいから無理だ」 そう思っている君に、いい知らせがある。選挙は必ずしも日曜日に行かなくてもいいんだ。「期日前投票」という制度がある。 最近では、市役所だけでなく、駅前のショッピングモールやスーパーマーケットなんかにも投票所が設置されることがある。買い物ついでや、学校の帰りにふらっと立ち寄ることができるんだ。
それに、投票所入場券というハガキが家に届くはずだけれど、もしそれを失くしてしまったり、家に忘れてきたりしても、身分証明書さえあれば投票できる場合がほとんどだ。 つまり、君は手ぶらで、散歩のついでに日本の未来を少しだけ変えることができる。鉛筆で名前を書く。それだけの作業だ。
君のチケットが変えるもの
今回、高市総理が解散を決めた背景には、色々な政治的な思惑があると言われている。でも、そんな大人の事情は一旦置いておいていい。 重要なのは、君がそのチケットを使うかどうかだ。
一票入れたからといって、翌日から劇的に世界が変わるわけではないかもしれない。君の悩みごとも、すぐには解決しないかもしれない。 けれど、君が投票箱に一票を投じた瞬間、君は「お客さん」から「運営者」に変わる。社会に対して文句を言う権利を、正当に手に入れることになるんだ。
2月8日、あるいはその前の数日間。 もし少しでも時間があれば、暖かくして投票所に行ってみてほしい。 その一枚のチケットは、君が思っているよりもずっと、大きな力を持っているかもしれないのだから。

