足元の宝物を探す旅

僕の話から始めてもいいかな。 実は数年前、僕は長年の目標だった「全国制覇」を成し遂げたんだ。といっても、ただ全都道府県の土を踏んだというだけで、その土地に何ヶ月も滞在して生活したわけじゃない。それでも、知らない街の空気を吸うというのは、いつだって胸が躍る体験だった。
でも、その達成感の中でふと、妙なことに気づいてしまったんだ。 僕は秋田に住んでもう何十年にもなるけれど、県外の景色ばかりを追いかけて、肝心の秋田のことをほとんど知らないんじゃないか、ってね。
もちろん、なまはげや竿燈まつりといった有名なものは知っているし、友人を案内したこともある。けれど、それはあくまで「点」としての知識で、この土地が持つ本来の魅力や、外からどう見えているかという視点は、驚くほど抜け落ちていたような気がする。
今日は、そんな「灯台下暗し」な僕の反省も込めつつ、君たちが暮らすこの場所が、世界からどう見つめられているのか、少し話をさせてほしい。
画面の向こう側の魔法
君は、韓国のドラマを見たことがあるかな? 少し前の話になるけれど、2009年に『アイリス』という韓国ドラマが秋田で撮影されたことがあったんだ。田沢湖や乳頭温泉郷、男鹿など、君たちにとっては見慣れた景色かもしれない場所が、ドラマの舞台としてスクリーンに映し出された。
その結果どうなったと思う? ドラマのファンたちが、「あのシーンの場所に行きたい」と、大挙して秋田に押し寄せたんだ。その経済効果は、なんと3億7500万円にもなったという推計がある。
それだけじゃない。君も知っているかもしれない大ヒットアニメ映画『君の名は。』。 この作品のワンシーンに似ていると噂になったのが、秋田内陸縦貫鉄道の前田南駅だ。ただの無人駅が、ファンにとっては「聖地」になり、記念切符が飛ぶように売れたりもした。
僕たちが「何もない日常の風景」だと思って通り過ぎている場所が、画面というフィルターを通すことで、誰かにとっては「一度は行ってみたい魔法の場所」に変わる。 不思議だけれど、それが観光の力なんだろうね。
雪と犬が教えてくれること
視点をもう少し南や西に向けてみよう。 例えば、タイという国。一年中暖かいこの国の人たちにとって、秋田の雪は憧れそのものなんだ。 僕たちにとっては、毎朝の雪寄せが憂鬱な冬の厄介者かもしれないけれど、彼らにとっては、かまくらや樹氷、そして雪見風呂といった体験は、まさに夢のような非日常なんだそうだ。 実際、北海道などは雪を求めて多くのタイ人観光客が訪れているけれど、秋田の雪景色や農村の風景も、彼らの心を掴む強い力を持っていることがわかっている。
それから、忘れてはいけないのが「秋田犬」だ。 君も、駅やポスターで秋田犬の写真を見たことがあるだろう? あの愛くるしい姿は、今やデジタル技術に乗って世界中を駆け巡っている。 特に台湾からの注目度は高くて、Googleの広告やSNSをうまく活用したことで、秋田犬ツーリズムのサイトには多くのアクセスが集まったそうだ。 「犬」という、昔からそこにいた存在が、見せ方ひとつで世界中の人を惹きつけるコンテンツになる。これもまた、僕たちが気づきにくい地元の宝物の一つと言えるかもしれないね。
数字が語る、少しだけシビアな話
さて、少し現実的な話もしようか。 僕も気になっていたんだけれど、これだけ魅力的な資源がありながら、秋田の観光は「稼げているのか」という問題だ。
正直に言うと、ここは少し課題がある。 東北6県の中で比べると、秋田県に来た観光客が落とすお金(観光消費額単価)は、残念ながら低い水準にあるんだ。秋田駅前には新しいホテルが増えている気がするし、街は変わってきているように見えるけれど、数字を見ると、まだまだ伸びしろがあるとも言える。
なぜだろう? 一つには、交通の便や宿泊施設の受け入れ態勢の問題があるかもしれない。せっかく来てくれても、お金を使う場所や魅力的な体験プランが十分に整っていなければ、素通りされてしまうからね。 それに、観光の仕事をしている人たちの賃金が、他の業種に比べて低いという厳しい現実もある。これは、季節によってお客さんの数に波があることなどが原因だと言われている。
でも、悲観することはないと僕は思う。 逆に言えば、これからの君たちのアイデア次第で、この状況はいくらでも変えられるということだからだ。 例えば、ただ景色を見るだけじゃなく、農家に泊まって地元の人と交流するとか、伝統工芸を体験するといった「コト消費」を増やすことで、満足度を高め、消費額を上げる取り組みも始まっている。
遠くへ行きたい君へ
僕が君くらいの年齢だった頃、正直に言えば、地元のことなんてどうでもよかった。青森の田舎で育った僕は、移動手段もお金もなく、ただただ「早く都会へ出たい」「ここではないどこかへ行きたい」とばかり考えていた。 だから、もし君が今、「秋田なんて何もない」と思っていても、それはそれで健全なことだと思う。無理に地元を好きになる必要はないし、広い世界を見てみたいと思うのは素晴らしいことだ。
ただ、僕が大人になって、全国を旅して、またここに戻ってきて思うのは、地元というのは「離れてみて初めてわかる面白さ」があるということだ。
東京での暮らしは刺激的だったけれど、秋田に戻ってきてからの、職場と自宅を往復するだけの日々の中で見落としていたものが、実はたくさんあったことに気づかされる。
今、「ワーケーション」といって、働きながら休暇を楽しむ新しいスタイルも注目されている。 都会の人たちが、わざわざパソコンを持って秋田に来て、仕事をしながらこの土地の暮らしを楽しんでいる。
彼らが求めているのは、派手なテーマパークじゃなくて、君たちが普段食べている美味しいお米や、静かな温泉、そして何より、そこに暮らす人たちとの素朴な交流だったりするんだ。
ポケットの中の切符
旅をするのに、必ずしも遠くへ行く必要はないのかもしれない。いつもの通学路、見慣れた商店街、当たり前のようにある雪景色。それらを「観光客の目」でちょっと見直してみるだけで、世界は急に色を変えて見えてくることがある。
もちろん、君が将来どこで暮らすかは自由だ。 でも、もし君がいつか、自分のポケットに入っている「地元」という切符の価値に気づく時が来たら、その時はぜひ、その切符を使って新しい旅を始めてみてほしい。そこには、僕が全国制覇の旅でも見つけられなかったような、深く、温かい発見が待っているかもしれないからね。

