村と噂と、画面の向こう側

 静かな午後にコーヒーを淹れて、ふとニュースサイトを眺めていると、またあの村の名前が目に飛び込んできた。秋田県の上小阿仁村。君もどこかでその名前を聞いたことがあるかもしれないね。医師不足の問題が語られるとき、まるで決まり文句のように引き合いに出される、山深い小さな村だ。

 なんでも、その村の診療所に赴任したお医者さんが、次から次へと短期間で辞めてしまった時期があったらしい。そして、まことしやかに囁かれているのが「村人によるいじめがあったからだ」という噂だ。

 つい先日のニュースでも、秋田の外科医不足が取り上げられていたけれど、案の定、この村の過去の騒動がセットで語られていた。

 当事者である村の人たちが問題を議論するのは、まあ、生きるためには必要なことだろう。でも、僕が少し首をかしげたくなるのは、真実など何も知らない部外者が、ネット上の情報を切り取って、あたかもそれが絶対的な正義であるかのように、遠く離れた場所から石を投げていることなんだ。

 今日は少し、その石を置いてもらって、僕と一緒にこの問題の裏側にある「本当のこと」について考えてみないか。コーヒーでも飲みながら、肩の力を抜いて。

スーパーマンは白衣を着ていない

 そもそも、へき地の診療所ってどんな場所なんだろう、と僕は想像してみる。 大きな病院に行けば、そこにはたくさんの人が働いているよね。医師がいて、看護師さんがいて、薬を用意する薬剤師さんがいて、受付の事務員さんがいる。それぞれが自分の役割を持って、システムの一部として動いている。

 僕も昔、大学病院の事務部門で働いていたことがあるんだ。そこでは、患者さんの苦情対応に多くの時間を割かれていた。 「待ち時間が長い」「態度が冷たい」。 そのほとんどは、健康なときなら「まあ仕方ないか」で済ませられるようなことかもしれない。でも、相手は心身が弱っている患者さんだ。ほんの少しのストレスが、とてつもなく大きな棘になって心に刺さる。誰かがその不安を受け止めてあげなきゃいけない。それも大事な役割だ。

 じゃあ、上小阿仁村のような小さな診療所はどうだろう。医師が一人で、全ての患者の診療にあたるとしたら、それはとんでもない重労働だ。体の治療だけじゃない。お年寄りの多い村で、彼らの不安や寂しさといったメンタルな部分まで、たった一人で受け止めなきゃいけないとしたら。

 実際に、過去の調査によると、ある医師は年間でたった18日しか休みが取れなかったそうだ。365日のうち、340日以上も誰かの命や健康と向き合い続ける。想像できるかい? それはもう、スーパーマンにしかできないような働き方だ。

 村民の平均所得が200万円程度なのに対して、医師の年収はその何倍も高いことから、一部で「嫉妬」のような感情が生まれたという話もある。でも、それだけの激務に対する対価だと考えれば、単純に高いとは言えないのかもしれないね。

オオカミは本当にいたのか

 さて、一番気になる「いじめ」の話だ。ネット上では、「村八分」だとか「嫌がらせのビラが撒かれた」なんていうショッキングな言葉が踊っている。

 でも、その後の奈良県立医科大学などの調査報告書を紐解いてみると、少し違う景色が見えてくるんだ。 確かに、一部の住民とのトラブルや、心ない言葉があったことは事実のようだ。でも、辞めていった医師たちの理由はそれだけじゃない。

 ある医師は、村の財政難や方針とのズレがあった。ある医師は、あまりの業務量の多さに体が悲鳴を上げた。またある高齢の医師は、自分自身の健康上の理由で、継続を断念した。

 ネットで騒がれているような、村全体が結託して医師を追い出したという事実は、どうやら確認されなかったようなんだ。もちろん、実際に嫌な思いをした医師もいたし、反省すべき点はあるだろう。でも、「悪の村」というレッテルは、事実という絵の具を何層にも塗り重ねて、黒く塗りつぶしてしまった結果のように僕には思える。

 つまり、この村の医師確保が難しいという問題は、住民とは縁遠いインターネットという海の上で、事実とは異なる風評という波が、勝手に高くなってしまった側面があるということだ。

 もちろん、僕は当事者じゃないから、この調査がすべての真実を解き明かしているとは限らない。でも、「ネットに書いてあるから真実だ」と思い込むのは、少し危険な賭けだと思わないだろうか。

情報の海で溺れないために

 ここで、僕が若い君に伝えたいことが二つあるんだ。

 一つ目は、それが正確な情報かどうかも確認せずに、悪評を拡散しないこと。昔、匿名掲示板「2ちゃんねる」を開設した西村ひろゆき氏が、「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」と言ったことがある。これは名言だね。

 そして今、僕らの目の前にはAIという新しい波が来ている。AIはとても便利だけれど、時として、自分が導き出した回答をあたかも真実かのように語ることがある。それを専門用語で「ハルシネーション(幻覚)」と呼ぶんだ。ネット上の噂も、AIの回答も、画面の向こうにある情報はすべて、誰かあるいは何かが作った物語である可能性がある。その物語を鵜呑みにして、誰かを傷つける石を投げるようなことだけは、君にはしてほしくないんだ。

パズルのピースを埋めるのは誰?

 もう一つは、この問題の解決策について、少しだけ頭をひねってみること。 批判するのは簡単だ。マウスをクリックする指先一つでできる。でも、それで村に医者が来るようになるわけじゃない。

 日本全体で医師不足が叫ばれているし、特に地方ではその傾向が顕著だ。もし、外から来るお医者さんが定着しないのなら、どうすればいいだろう。村の子供たちに奨学金を出して、将来医師として戻ってきてもらう? 時間はかかるけれど、確実な方法かもしれない。あるいは、常駐の医師にこだわらず、近隣の大きな病院まで送迎するバスをもっと充実させる? IT技術を使って、遠隔診療をもっと普及させるのもいいかもしれないね。

 「そんなの、大人が考えることだよ」って思うかもしれない。でも、この国が抱える課題は、いずれ君たちの世代が引き継ぐことになるパズルだ。今のうちに、どんなピースが足りないのか、どうすれば綺麗な絵が完成するのか、想像してみるのも悪くないと思うよ。

 上小阿仁村の問題は、単なる「いじめ」の話じゃない。日本の地方が抱える医療の崩壊、高齢化、そしてネット社会の危うさ、いろんな要素が絡み合った複雑な物語なんだ。

 この物語の結末をハッピーエンドにするには、批判よりも、知恵と想像力が必要だと僕は思う。 さて、そろそろまた、自分のやるべきことに戻るとしようか。君も、もしよかったら、この続きを少しだけ考えてみてほしい。

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