雪の壁の向こう側で、僕たちが考えられること

窓の外を見ると、世界はすっかり真っ白だ。まるで誰かが巨大な修正液をこぼして、景色を塗りつぶしてしまったみたいにね。
君もニュースで見たかもしれないけれど、北日本は今、歴史的な大雪に見舞われている。僕が住んでいる秋田県の県北地方もそうだし、お隣の青森県や、北海道の雪景色は、もう「冬らしい」なんて言葉じゃ片付けられないレベルになっているんだ。
たとえば、秋田県の鹿角市という場所では、積雪が146センチに達したらしい。146センチだよ。君の肩のあたりまで埋まってしまう深さだ。しかも、道路脇には除雪車が押しのけた雪が積み上げられていくから、実際には君の身長を軽々と超えるような「白い壁」が、延々と続いていることになる。青森市に至っては平地に積もった雪だけで170センチを超えている場所もあるというから、驚きだ。
冷蔵庫の中に閉じ込められたような寒さと、視界を遮る白い壁。 僕たちは今、そんな非日常的な日常の中にいる。
止まってしまった時計の針
雪が降るというのは、単に寒くなるだけじゃない。街の機能が、まるで電池切れのおもちゃみたいにパタリと止まってしまうんだ。
秋田県内では、バス会社が「もう無理です」と白旗を揚げた。道路の雪が多すぎて、バス同士がすれ違うことすらできないんだって。普段なら当たり前にやってくるバスが来ない。電車も止まる。 そうなるとどうなるか。当然、学校も休みになる。北秋田市の高校や小学校では、臨時休校になったそうだ。 正直なところ、学生の君にとって「学校が休みになる」というニュースは、ちょっとしたボーナスみたいに聞こえるかもしれないね。「ラッキー、朝寝坊できるぞ」って。 その気持ち、痛いほどわかるよ。僕だって中学生の頃なら、ガッツポーズをしていたかもしれない。
でも、今回の雪はちょっと事情が違うんだ。 ただ家でゲームをして過ごせるような、穏やかな休日じゃない。外に出ようと思っても、歩道なんてものは存在しないに等しい。車道と歩道の区別がなくなり、雪の壁のせいで車からは歩行者が見えない。歩道橋でさえ、雪で埋まって登れなくなっている場所がある。 うっかり外を歩けば、ペンギンの真似をして慎重に歩かないと、ツルッと滑って大怪我をしてしまう。
つまり、僕たちは家の中に閉じ込められているわけだ。静かに降り積もる雪の音を聞きながらね。
屋根の上の孤独な戦い
さて、君が温かい部屋でココアでも飲んでいる間にも、外では過酷な戦いが繰り広げられている。 敵は「雪」だ。 空から舞い降りてくる時はあんなにロマンチックなのに、屋根に積もった途端、それは凶暴な重石に変わる。
雪かきをしたことはあるかい? 水分を含んだ雪は、想像以上に重い。それをスコップですくって、投げる。すくって、投げる。その単純作業を何百回、何千回と繰り返すんだ。 特に屋根の雪下ろしは命がけだ。屋根から落ちてしまったり、落ちてきた雪に埋まってしまったりする事故が、残念ながら毎年のように起きている。今回の雪でも、秋田県内ですでに11人の方が亡くなっているという悲しいニュースがあった。
想像してみてほしい。 腰の曲がったおじいちゃんやおばあちゃんが、凍えるような寒さの中、はしごを登って屋根に上がる姿を。 彼らにとって、毎日の雪かきは「運動」なんて生易しいものじゃない。生きるための、終わりのない労働なんだ。放っておけば、家が雪の重みで潰れてしまうからね。それはまるで、沈みかけた船から必死に水をかき出しているような、そんな切実な作業に見えることもある。
緑色の服を着たサンタクロースたち
自分たちだけではどうにもならない時、人はどうするべきだろう? 青森県知事は、ひとつの決断をした。「助けてくれ」と言ったんだ。 具体的には、自衛隊に「災害派遣」を要請したんだね。
自衛隊というと、君はどんなイメージを持っているだろう? 戦車に乗っている姿? それとも、厳しい訓練をしている姿かな。 でも今回の彼らは、武器を持つ代わりにスコップを持ってやってきた。青森市の山間部にある集落に、陸上自衛隊の隊員たちが到着した。彼らは高齢者の住む家に行って、屋根の雪を下ろしている。 雪の重みで窓が開かなくなったり、家がきしんだりして、「もう限界だ」と感じていたお年寄りたちにとって、彼らの姿はどんなに頼もしく映っただろうね。
彼らはただ雪をどけているだけじゃない。 「もう大丈夫ですよ」という安心感を運んでいるんだ。 慣れない雪下ろしで怪我をするリスクや、家が潰れるかもしれないという恐怖。そういった心の重荷まで、雪と一緒に取り除いてくれているわけだ。 緑色の迷彩服を着ているけれど、やっていることはサンタクロースに近いかもしれない。プレゼントの中身は「安全」と「平穏」だ。
「助けて」と言う勇気
ここで少し、君自身のことを考えてみよう。君は、困った時に「助けて」と言えるタイプかな? それとも「自分でなんとかしなきゃ」って、歯を食いしばるタイプだろうか。「自分のことは自分でやる」。それはとても立派な心がけだ。自立心は大切だし、何でもすぐに他人に頼るのは良くない、という意見もあるだろう。 でもね、今回の大雪が教えてくれるのは、「自分たちだけで頑張るにもの限界がある」ということだ。
青森県という大きな組織でさえ、自分たちの除雪車や人手だけでは「もう無理だ」と判断して、自衛隊に頭を下げた。それは決して恥ずかしいことじゃない。むしろ、住民の命を守るための、勇気ある英断だと僕は思う。
もし君が将来、自分ひとりでは抱えきれないような「大雪」みたいな問題に直面した時、このことを思い出してほしい。 どうにもならない時は、誰かに頼ってもいいんだ。 手を挙げて、「ここだよ、困ってるんだ」と声を上げてもいい。 社会には、その手を握り返してくれる誰かが必ずいる。自衛隊がそうであるようにね。
雪が溶けたあとに残るもの
やがて季節は巡り、あれほど厄介だった雪もきれいさっぱり溶けてなくなるだろう。 道路の壁もなくなり、バスはまた当たり前のように走り出す。 自衛隊の皆さんも、任務を終えて帰っていくだろう。
でも、雪が消えても残るものがある。 それは「あの時、助けてもらって嬉しかったな」という感謝の気持ちだ。 そして、「誰かのために動ける人ってかっこいいな」という記憶だ。別に君に、将来は自衛隊に入ろう、なんて勧めているわけじゃないよ。 ただ、誰かが困っている時に、スコップを手に取るような優しさを、心のどこかに持っていてほしいなと思うんだ。 あるいは、自分が助けてもらった時に、素直に「ありがとう」と言える大人になってほしい。
屋根の雪下ろしを手伝ってくれた自衛隊員に、涙を浮かべて感謝するおばあちゃんの姿。 そこには、人間としてとても大切な、温かい交流がある。
今回の大雪は確かに大変だ。でも、こんな大変な時だからこそ、人の温かさや、社会の仕組みのありがたさが、雪の中の灯りのようにハッキリと見えることもある。
君の住む街の雪は、どうだろうか? もし外に出る時は、足元に十分気をつけて。そして、雪かきをしている誰かを見かけたら、心の中で「お疲れ様です」と呟いてみてほしい。それだけで、君の世界は少しだけ温かくなるはずだから。

