深夜一時の親友と、耳元で広がる世界

 君は今、何かに夢中になっているだろうか。

 僕が君くらいの年齢だった頃、何が好きだったかと聞かれたら、そうだな、ゲームやギター、あとは小学生の頃から続けていたボクシングくらいしか思い浮かばない。どれも楽しかったけれど、僕の生活の一部というか、呼吸をするのと同じくらい自然で、切り離せないものがあったことを思い出したよ。

それは、ラジオだ。

 今の君たちの部屋には、きっとテレビもあれば、スマートフォンもあるだろう。でも、僕の子供時代の部屋にはテレビがなかった。あるのは携帯ゲーム機と、オーディオコンポだけ。あの頃のオーディオというのは、CDが聴けるだけでなく、カセットテープも、そしてラジオも受信できる優れものだった。

 当時の僕はお金もなかったから、好きなCDを片っ端から買うなんてことはできなかったし、レンタルショップで借りるにしても、中高生のお小遣いでは限界がある。そこで頼りになったのが、ラジオから流れてくる流行の音楽だった。ラジオ番組を録音して、そこでかかっていた好きな曲を、テープが擦り切れるんじゃないかってくらい何度もリピートして聴いていたものだ。

 君も音楽が好きならわかると思うけれど、偶然ラジオから流れてきた曲が、その時の自分の気分にぴったり重なる瞬間がある。あれは不思議な体験だね。

暗闇に浮かぶ小さな光

 僕がラジオをよく聴いていたのは、やっぱり夜だった。 夜の9時くらいになると、ミュージシャンがパーソナリティーを務める番組が始まって、部屋の空気が少し色気づく。でも、僕が最も心を奪われていたのは、深夜1時から始まる『オールナイトニッポン』だった。特にナインティナインの二人が喋る時間が、たまらなく好きだった。

ナインティナインのオールナイトニッポン – オールナイトニッポン.com ラジオAM1242+FM93 ニッポン放送

ナインティナインのオールナイトニッポンは、皆さんからのおハガキ・メールが頼りです。職人のあなたから渾身のネタをお待ちしております!ラジオならではのナインティナインのトークも楽しんでください!

 深夜1時ともなると、本来なら眠くて起きていられない時間だ。だから僕は、MDという、今ではもうほとんど見かけなくなった記録媒体に2時間の番組をまるごと録音して、翌朝起きてから聴くのを日課にしていた。それも一度だけじゃない。何度も何度も、同じ話を繰り返し聴いた。

 テレビで見るナインティナインも面白かったけれど、ラジオの彼らは何かが違った。なぜだろうね。ラジオというのは、不思議なもので、パーソナリティーがすぐ隣にいるような錯覚を覚えるんだ。物理的には何キロも、あるいは何百キロも離れた東京のスタジオにいるはずなのに、まるで自分の部屋の隅っこで、兄貴分たちが無駄話をしているような、そんな親近感があった。

 もちろん、テレビの方が情報量は多い。でも、ラジオは「声」しかない分、その人の人間性が余すところなく滲み出てくる。 彼らはよく、学生時代の話をしてくれた。苦しかったこと、悲しかったこと、そしてどうしようもなく馬鹿馬鹿しい友達の話。会ったこともない彼らの友達のことまで、僕は詳しくなってしまったよ。そんな風に、誰かの人生の断片を耳から取り込むことで、僕は「自分は一人じゃないんだ」と勝手に勇気づけられていたのかもしれない。

顔の見えないクラスメイトたち

 ラジオの面白さは、パーソナリティーだけじゃない。そこには「ハガキ職人」と呼ばれる、とんでもなく面白い投稿者たちがいた。彼らは芸人でも作家でもない、ただの学生や社会人だ。でも、彼らが送ってくるネタは、時にプロの芸人を唸らせるほどの切れ味を持っていた。

 君のクラスにも、授業中は静かだけど、ボソッと言う一言が抜群に面白いやつがいないかな? ラジオの世界には、そんな顔の見えないクラスメイトがたくさんいるんだ。僕らが聴いていた番組に投稿していた職人の中には、その才能を認められて、後にプロの放送作家や脚本家になった人もいるそうだ。自分の部屋でこっそり書いていたネタが、いつの間にか誰かの心を動かし、自分の将来さえも変えてしまう。そんな夢みたいな話が、ラジオの世界には実際に転がっている。

 もちろん、全員が何かを作り出す側になる必要はない。ただ、君がもし学校や社会の中で「自分の居場所がない」と感じることがあったとしても、世界は君が思っているよりずっと広くて、君の感性を面白がってくれる場所がどこかにあるかもしれない。ラジオは、そんな「可能性の窓」を少しだけ開けてくれるツールなんだ。

見えない糸でつながる「孤独」な夜

 社会人になって、僕は地元を離れ、誰も知らない土地で一人暮らしを始めた。 友人もいなくて、一人で過ごす時間が長かった。そんな時、僕の相棒はやっぱりラジオだった。その頃にはPodcastという便利なものが普及し始めていて、音楽プレイヤーにダウンロードすれば、いつでも好きな時にお気に入りの番組を聴けるようになっていた。

 よく一人で散歩をした。知らない街の、知らない景色の中を歩くとき、耳元でいつものパーソナリティーたちが笑っていると、不思議と足取りが軽くなった。 僕が苦しい時、彼らは「頑張れ」なんて直接的な言葉はかけない。ただ、いつものように馬鹿話をして、いつものように笑っている。それが、何よりの励ましだった。

 最近の研究では、ラジオのように人の声を聴くことは、孤独感や不安を和らげる「ケアメディア」としての役割があると言われているそうだ。誰かの声を聴きながら作業をしたり、時間を過ごしたりすることで、「一人ではない」という安心感を得られる。 

 これを「ながら聴き」なんて言うけれど、実はこれ、勉強や作業の効率を上げる効果もあるらしいよ。もちろん、集中したい時に歌詞のある曲は邪魔になることもあるから、ジャズやクラシックの方がいいなんて説もあるけれど。でも、単純作業や、ちょっと気が重い勉強に取り掛かる時の景気づけには、ラジオの賑やかさがちょうどいいと僕は思う。

 君も勉強机に向かう時、もし孤独を感じたら、ラジオをつけてみるといいかもしれない。そこには、君と同じように夜更かしをして、同じ時間を共有している誰かが必ずいるから。

声は歳をとらない、でも僕らは大人になる

 先週、久しぶりに「radiko」というアプリを使って、ナインティナインのオールナイトニッポンを聴いてみた。便利な時代になったものだ。昔みたいにMDやカセットテープをガチャガチャしなくても、スマートフォン一つで、しかも「タイムフリー」機能を使えば、好きな時間に過去の放送を聴くことができる。

 久しぶりに聴いた二人の声は、驚くほど変わっていなかった。 テレビで見かける彼らは、確かに少し歳をとったかもしれない。僕だって、鏡を見ればため息が出るくらいには歳をとった。でも、ラジオから流れてくる声と、その空気感は、僕が中学生だったあの頃と何も変わっていなかった。まるでタイムマシンに乗って、あの頃の自分の部屋に戻ったような気分だ。

 彼らの声は、僕にあの頃の元気をくれる。 「変わらないもの」がそこにあるという安心感。それは、変化の激しいこの社会を生きていく上で、意外と大事なお守りになるのかもしれない。

君のポケットには、世界を変えるスイッチがある

 今の若い世代、いわゆるZ世代の君たちの間でも、ラジオやPodcastを聴く人が増えているというデータがあるらしい。映像がない分、自分の頭の中で情景を想像する楽しさがあるし、何かしながら情報を得られる「タイムパフォーマンス」の良さも、忙しい君たちには合っているのかもしれないね。

 それに、ラジオは「推し活」の一環としても優秀だ。好きなアーティストやタレントが、テレビでは見せない素顔を見せてくれる場所だから。もし君に「推し」がいるなら、その人が出ているラジオを探してみるといい。きっと、今まで知らなかった魅力に出会えるはずだ。

 もちろん、ラジオなんて古臭い、静かな方がいい、という意見もあるだろう。無理に聴く必要はない。 でも、もし君がふと寂しさを感じたり、将来のことに不安を覚えたり、あるいは単に暇を持て余したりした時は、ポケットの中にあるスマートフォンで、ラジオのスイッチを入れてみてほしい。

 そこには、君の知らない音楽があり、君の知らない大人の本音があり、君と同じようにラジオを聴いている無数の「顔の見えない友達」がいる。

 ラジオパーソナリティーは、君を一人にはしない。 僕がそうだったように、いつか君にとっても、ラジオが「親友」と呼べる存在になる日が来るかもしれない。

 

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