君の「好き」と「困った」が世界を変えるかもしれない話

雪の日の静けさというのは、どこか不思議な力を持っている気がする。音を吸い込んでしまうような、あの独特の空気感だ。
先日、僕は久しぶりに車で雪道にはまってしまった。いわゆるスタックというやつだ。タイヤが空回りするあの虚しい音を聞きながら、僕はハンドルを握りしめて途方に暮れていた。そこから抜け出すのに、なんと2時間もかかってしまったんだ。
そんな個人的な災難があった矢先、ニュースで北海道の札幌市が大雪に見舞われたことを知った。千台以上の車が立ち往生して動けなくなったそうだ。僕の2時間の苦労なんて、彼らの大変さに比べれば本当に些細なことだろう。でも、ハンドルに突っ伏しながら僕は思ったんだ。「誰か、この状況を信じられないくらい鮮やかに解決してくれないかな」と。
今日は、そんな「困ったこと」と、それを解決する力について、少し君と話をしてみたいと思う。
アントレプレナーという言葉の響き
君は「アントレプレナー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
なんだか舌を噛みそうなカタカナ言葉だけれど、日本語では「起業家」と訳されることが多い。この言葉を聞くと、どんなイメージを持つだろう。スティーブ・ジョブズみたいに黒いタートルネックを着て、ステージの上で革新的なスマートフォンを発表するような、そんなカリスマ的な姿を想像するかもしれない。あるいは、2000年代初頭のITバブルの頃のように、若くして会社を起こし、六本木の高いビルから街を見下ろしているような、そんなイメージだろうか。
正直に言うと、僕も長い間、そんなふうに思っていた。自分とは違う世界の、特別な才能を持った人たちのことだと。
でも、少し調べてみると、どうやらそれは僕の勘違いだったみたいなんだ。アントレプレナーシップというのは、単に会社を作って社長になることだけを指すわけではないらしい。
文部科学省も言っているんだけれど、この言葉の本来の意味は、困難や変化に対して、与えられた環境の中だけで満足せず、自ら枠を超えて行動を起こし、新しい価値を生み出していく精神のことなんだそうだ。
つまり、周りにある「ちょっと不便だな」とか「これ、なんとかならないかな」という些細な問題を見つけて、それをどうやったら解決できるだろうかと積極的に取り組む姿勢。それこそが、アントレプレナーシップの正体なんだ。そう考えると、少し身近に感じないだろうか?


全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム
全国アントレプレナーシップ人材育成プログラムは、起業意思の有無に関わらず、 困難や変化に対し、与えられた環境のみならず自ら枠を超えて行動を起こし新たな価値を生み出していく力(アントレプレナーシップ)を育むためのプログラムです
デザインと似ている、問題解決の作法
僕は一時期、デザインの勉強をしていたことがある。
デザインというと、多くの人は「絵が上手いこと」とか「センスが良いこと」をイメージするかもしれない。もちろん、芸術的な感性を爆発させて、誰も見たことのない形を作り出すのもデザインの一つの側面だ。
でも、僕が学んだデザインは少し違っていた。それは、相手が求めていることを整理整頓して、それを一番伝わりやすい形で表現してあげることだったんだ。
例えば、使いにくい椅子があったとする。座ると腰が痛くなる。それを「座り心地が良くて、腰も痛くならなくて、しかも部屋に置いておきたくなる形」に作り変える。これは、芸術というよりは、相手の「困った」を解決する優しさのようなものに近い。
最近、ビジネスの世界でも「デザイン思考」という言葉がよく使われているけれど、これは企 業と顧客を結びつけて、社会の問題を解決する糸口を見つける考え方のことだ。
こうやって振り返ってみると、デザインとアントレプレナーには、共通するスキルがあるような気がするんだ。どちらも、目の前の現実をよく観察して、「どうすればもっと良くなるか」を考え、形にしていく作業だからね。
アメリカにあるバブソン大学という、起業家教育で有名な学校があるんだけれど、そこでは「共感」の練習をするそうだ。ある人がどんな一日を過ごして、何に困って、何を喜ぶのか。それを徹底的に想像する。時には寸劇までして、相手の気持ちになりきるらしい。
相手の靴を履いて歩いてみる、という英語の言い回しがあるけれど、まさにそれだね。誰かの痛みを想像する力。それが、新しい価値を生み出す第一歩なんだろう。

冷蔵庫の中身で料理を作るように
さて、ここで少し視点を変えてみよう。
もし君が、「何か新しいことを始めたいけれど、お金もないし、特別な才能もない」と思っていたら、面白い考え方を紹介したい。「エフェクチュエーション」という、ちょっと魔法の呪文みたいな名前の理論だ。
これは、優れた起業家たちがどうやって意思決定をしているかを研究して見つけられた法則なんだけれど、その中の一つに「手中の鳥の原則」というのがある。
難しく聞こえるかもしれないけれど、要はこういうことだ。「何が足りないか」を数えるのではなく、「今、自分の手の中にあるものは何か」からスタートするんだ。
例えば、夕食を作ろうとしたときに、レシピ本を見て「あ、サフランがないからパエリアは作れない」と諦めるのが普通のアプローチだとしたら、「冷蔵庫に余ったご飯と、鶏肉と、ケチャップがあるな。よし、特製オムライスを作ろう」と考えるのが、この原則だ。
自分は誰で、何を知っていて、誰を知っているか。それだけを武器にして、まずは動いてみる。最初から完璧なゴールを目指さなくていい。サラスバシーという学者が言っているんだけれど、未来は予測するものではなく、自分たちの手でコントロールできるものなんだ。
僕が雪道でスタックしたときもそうだった。立派な除雪車が来るのを待っていたら、僕は凍えてしまっていたかもしれない。トランクに入っていた小さなスコップと、通りかかった親切な人の力、つまり「手元にあったもの」を使って、なんとか脱出できたわけだ。
ビジネスや社会の問題解決も、案外そういうところから始まるのかもしれない。壮大な事業計画書を書く前に、まずは目の前の困っている人に、自分ができる小さなことを提供してみる。それが、やがて大きなうねりになることもあるんだ。
失敗はただのデータにすぎない
それでも、新しいことを始めるのは怖いよね。「失敗したらどうしよう」「笑われるんじゃないか」って思うのは当然だ。
でも、最近のスタートアップ(新しいビジネスを始める企業)の世界では、「リーンスタートアップ」という手法が主流になっている。これは、時間やお金をかけずに、必要最低限の試作品をさっさと作って、お客さんの反応を見るというやり方だ。
例えば、ドロップボックスという便利なファイル共有サービスがあるけれど、彼らは最初に完璧なソフトを作ったわけじゃない。ただ「こんなことができたら便利だよね?」という動画を作って公開しただけだった。それでたくさんの人が「欲しい!」と言ったから、本格的に作り始めたんだ。
つまり、早く小さく失敗して、そこから学ぶことが良しとされている。「失敗」というよりは、「このやり方じゃなかった」というデータが手に入った、と考えるんだ。
日本のことわざに「急がば回れ」というのがあるけれど、この場合は「急がば試せ」といったところかな。
実は、日本人は「失敗への恐怖」が理由で起業をためらう人の割合が、世界的に見てもかなり高いらしい。慎重なのは国民性かもしれないけれど、少しもったいない気もするよね。
大人は経験がある分、「こんなの前例がない」「リスクが高い」と頭でっかちになりがちだ。僕も含めて、年を重ねるとアイディアが固くなってしまうことがある。だからこそ、君たちのような若い世代の柔軟な発想が必要なんだ。
別に会社を作らなくてもいい。学校生活の中で、部活の中で、あるいは地域の活動の中で、「こうしたらもっと楽しくなるのに」というアイディアを、小さく試してみてほしいんだ。
安定と挑戦は矛盾しない
「でも、僕は公務員になりたいんです」「安定した大企業に入りたいんです」という君もいるかもしれない。それはとても堅実で、素晴らしい選択だと思う。
ただ、組織の中にいても、アントレプレナーシップを発揮することはできるんだ。「イントレプレナー(社内起業家)」という言葉があって、会社員という安定した立場にいながら、新しい事業やプロジェクトを立ち上げる人たちのことを指す。
会社の資金や設備を使えるから、個人でやるよりも大きなことができる場合もあるし、失敗したとしても路頭に迷うリスクは低い。最近は、多くの大企業がこういう人材を求めているし、実際に新しい部署を作って応援しているところも多いんだ。
だから、「安定か、挑戦か」という二択で悩む必要はない。安定した場所に身を置きながら、心の中には虎を飼うように、挑戦するマインドを持つことだってできる。
君の未来は、君が作る物語
冒頭で話した札幌の大雪の話に戻ろう。
もし君がその場にいたら、どうしただろうか。「行政は何をしているんだ」と怒る人もいるかもしれない。でも、もしかしたら君なら、「スマホを使って近くのスコップを持っている人と、埋まった車をマッチングさせるアプリがあればいいのに」と思いつくかもしれない。あるいは、「排熱を使って雪を溶かす新しい道路素材」を夢想するかもしれない。その「もしも」という想像力こそが、未来を作る種なんだ。
アントレプレナーシップ教育というのは、単にビジネスのやり方を教えるものではなく、社会の課題を見つけ、解決策を探求する力を身につけるものだと言われている。それは、これからの時代を生き抜くための、とても頼もしい武器になるはずだ。
自分の周りを見渡してみてほしい。不便なこと、悲しいこと、腹が立つこと。それらはすべて、君が何か新しい物語を始めるための「招待状」かもしれない。
完璧じゃなくていい。まずは手の中にあるもので、小さな一歩を踏み出してみる。そうすれば、雪道で立ち往生していた車がゆっくりと動き出すように、君の世界も、そして誰かの世界も、少しずつ良い方向へ動き出すんじゃないかな。
アントレプレナー 参考資料



